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インタビュー

テキスタイルデザイナー 須藤玲子氏。産地の職人や工場と共に、独自の試みによって作り上げるユニークなテキスタイル

テキスタイルデザイン会社NUNOを率いる須藤玲子氏。設立当初のエピソードやこれまでの歩み、アイディアの源泉について伺いました。

偶然の出会いからテキスタイルデザイナーに 1982年、偶然通りかかった小さなギャラリーで、新井淳一さんの個展が開かれていました。新井さんは、70~80年代にかけて、ハナエ・モリ、イッセイ・ミヤケ、コム・デ・ギャルソンなどの服地を制作し、海外からも注目を集めていた方です。生地が溢れるようなダイナミックな展示に衝撃を受けたのを覚えています。その日たまたまご本人が在廊されていて話す機会がありました。彼は初対面の私に「デザイナーのためにテキスタイルをつくるだけではなく、生地そのものを使う人にダイレクトに届けたい」という夢を語り、一緒に店をやらないかと誘ってきたのです。当時の私は手織り作家として成功することを夢見て、企業でテキスタイルの図案を描く仕事をしながら活動していました。突然のオファーに驚きながらも、自分には到底無理だと軽く受け流したのですが、その後、偶然にも恩師や友人など複数のルートから「新井さんが人を探してるらしい、やってみてはどうか」と連絡があり、不思議な縁を感じました。随分悩みましたが、私にとって新井淳一さんとの出会いとその時の夫の「チャンスなんじゃない?」という呼び水のような助言で心を決め、84年、テキスタイルを小売りするアトリエを兼ねたショップ「NUNO」のスタートに立ち会いました。
しかし、スタートから半年近くはお客様が来ない日が続きました。新井さんの方針で、一切宣伝をしていなかったのです。焦った私は、人伝に建築家の伊東豊雄さんを紹介してもらいました。ちょうど自邸を設計中で、お子さんが小さく危険だからと、大きなストーブの周りを囲う素材がほしいという依頼をいただき、消防服の生地を使ったキルティングフェンスを作りました。触っても熱くなく質感は柔らかいものができ、非常に喜んでいただけましたね。伊東さんとの出会いは、その後テキスタイルをデザインをする上で、大きなヒントになったり、他の産業やジャンルに目を向けるきっかけにもなりました。これがテキスタイルデザイナーとしての最初のプロジェクトでした。

NUNOのクリエイションを支える産地との絆 NUNOはその後、雑誌や口コミによって認知を広め、順調に仕事が入るようになりました。しかし87年、新井さんは作家活動に専念するためNUNOを離れることとなり、私がその後を引き継ぐことになりました。果たして自分に何ができるか考えた時、新井さんの拠点である桐生産地だけでなく、全国の工場や職人さんと一緒に布づくりがしたいと思いました。当時のNUNOはスタートしたばかり、知名度もありませんでしたが、布の一つのデザインを魅力的なものにすることで、確実に力になっていけるという信念を持っていました。そんな中で「作る人から使う人へ」という私たちのコンセプトに共鳴し、協力してくれた方々がいました。山梨県富士吉田市のシルク織物を代々織り続ける機屋さんは、様々な事情を知りながらも「一緒にやろう」と、さまざまな金属や和紙を織ったり羽根を織り入れたりといろんなリクエストに快く応えてくれました。福井県鯖江市のベルベット工場の社長さんはとても怖かった。一流ファッションブランドの生地を作っている方で「俺がやりたいと思うようなアイディアを持って来たら作ってやる」って言われて。「だったら持って行こうじゃない!」と燃えましたね。滋賀県湖南市の染工場さんも「加工代なんていらないから、作りたいものを作ろうよ」と言ってくれて。彼らに気持ちが通じていなければ、今のNUNOはないですね。
同じ頃、また別の出会いがありました。MoMAのキュレーターが突然NUNOにやって来て「日本のテキスタイルに関する展覧会を開きたい、リサーチを手伝ってほしい」と言うのです。リサーチ代は私費で賄っていたようで、まだ若い彼女たちは美術品輸送カーゴで来日していました。その情熱に感動し、そこから長い年月をかけ多くの産地を一緒に回りました。約10年後、ついに『Structure and Surface : Contemporary Japanese Textile』展を開催。日本の染織作家やメーカーの作品約100点が紹介されました。彼女たちからは一流の何たるかを学びましたね。自分たちの目と感性を信じ、研究し投資し、気負わず誠実で粘り強い。これに尽きると思います。その後エキシビションは世界中を巡回し称賛され、日本の産地は各国のデザイナーから注目を浴びました。

日常の出来事や新しい素材・技術、すべて布づくりに活かす テキスタイルは生活に密着したものなので、多くは日常の些細な出来事やふと心が動いた一瞬、あるいは季節の行事などからデザインのヒントを得ます。アイディアが固まれば、次は実際のテキスタイルを生み出すプロセスに入ります。私は作り手の現場に行ってコミュニケーションをとることが布づくりの原点だと考え、デザインにどのような思いを込め、どのような風合のテキスタイルを作りたいのか、丁寧に伝えることを何よりも大事にしています。一方、様々な分野で新しく生まれる素材や技術などの情報には、常に注目しています。それらを布づくりにどう活かせるのか、何でも布につなげて考えて楽しんでみる。これはNUNOがずっと続けていることです。
2001年、初の大規模展「技と術」を京都で開催し、プロジェクションマッピングと音響を連動した展示に取り組みました。国内外問わず多くのキュレーターの目に留まり、これがきっかけで毎年のように展覧会やワークショップを行うようになりました。35年目を迎えた昨年、新国立美術館で行った「こいのぼりなう!」は、新井さんが手掛けた貴重なテキスタイルや、過去に「NUNO」で共に働いたデザイナーたちの作品も展示に加え、NUNOの集大成のような展覧会となりました。20年前に京都で試みた「映像と音と布との関係を体験できる空間づくり」を、2000㎡という広さで実現したいと考え、ライゾマティクスの齋藤精一さん、2001年にも音響制作してくれたSoftpad率いる南琢也さんとコラボレーション。新しい音響や光、風の動きによって、刺激的な空間が生み出されました。

サステナブルな視点で布づくりを再構築 NUNOでは設立以来、旭化成の様々な素材を使っています。「デザインは暮らしに存在する問題を発見し、解決すること」と言われますが、旭化成の繊維素材はまさに「優れたデザイン」だと思いますね。88年にデザインした「あみ目ふくれ」という素材は、アセテートの膨らみ感とベンベルグのドレープ性・発色性といったそれぞれの特性を活かし、立体的で陰影のある布に仕上がりました。またベンベルグのベルベットには独特のツヤ感と柔らかさがあり、「和紙プリント技法」で仕上げたテキスタイルの用途が広がっています。帯電しにくい点も魅力で、衣服の裏地に常に採用するなど、ベンベルグは大好きな素材です。
素材を選ぶ上で大切にしなければいけないことは、時代とともに変化してきました。今は環境やサステナブルという常に意識しなければいけない大きな課題があります。昔は環境にやさしいとされていた天然素材が今もそうとは限りません。また80~90年代は、様々な繊維を自由自在にミックスして、とにかく面白いテキスタイルを作る、それが良しとされていました。そんな時代を過ごしてきた者の責任として、今、布づくりを一つずつ見直しています。親水性と疎水性の素材は混合しない、石油由来の繊維はケミカルリサイクルしやすいデザインにする、「使い切る」ものづくりでゴミを出さないなど、組織は小さいですが自分たちにできることを精一杯取り組んでいくつもりです。

須藤 玲子 (すどう・れいこ)

テキスタイルデザイナー
株式会社 布 取締役 東京造形大学名誉教授
茨城県石岡市生まれ。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科テキスタイル研究室助手を経て、株式会社「布」の設立に参加。英国 UCA 芸術大学より名誉修士号授与。 2008年より良品計画のファブリック企画開発、山形県鶴岡シルク「きびそプロジェクト」、2009年より株式会社アズのテキスタイルデザインに携わる。 毎日デザイン賞、ロスコー賞、JID 部門賞等受賞。 日本の伝統的な染織技術から現代の先端技術までを駆使し、新しいテキスタイルづくりをおこなう。 作品は国内外で高い評価を得ており、ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ボストン美術館、ビクトリア&アルバート美術館、東京国立近代美術館工芸館等、内外の多くの美術館に永久保存されている。

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