くらしノベーションフォーラム レポート

第4回 くらしノベーションフォーラム  2011.6.14開催

テーマ:環境も人も豊かにする暮らしのかたちとものつくり

講 師:石田秀輝氏
東北大学大学院 環境科学研究科 教授 工学博士
1953年岡山県生まれ。(株)INAX(現 LIXIL)取締役CTOを経て現職。
ものつくりのパラダイムシフトに向けて国内外で多くの発信を続けている。
特に2004年からは新しいものつくり『ネイチャー・テクノロジー』を提唱。
地球村研究室代表、環境政策技術マネジメントコース研究代表、ネイチャー・テクノロジー研究会代表、サステナブル・ソリューションズ理事長など、多方面で積極的に活動している。

はじめに─東日本大震災が教えてくれたもの

今回の東日本大震災を直接経験して今思うことは、地球環境も含めて「豊かとはいったい何だったのか」ということです。実はこの大震災で起こったことは、あとでお話しする2030年の地球環境問題が、今、現実に起こっているのと同じ状況なのです。そういう意味では、将来の地球環境問題に正対する、それが今の状況だと言っても過言ではないことに、この震災を通して多くのことに気付かされました。
今、電気が大変だと言われていますが、東北では震災前の75%の電気で暮らしています。これからもこの75%で心豊かに暮らすことはできないのか、という発想は持たず、どうやって我慢して節電するかということばかり考えています。
今回は進歩を続けていると信じていた文化や文明のもろさをまざまざと見せ付けられました。しかしその一方でその化粧が剥がれ落ちる中で、きらきら光る素晴らしいもの、光り輝く笑顔をたくさん見つけることができました。我々はこの震災を通して、地球環境問題に正対するとはどういうことか、心豊かに生きることとはどういうことか、テクノロジーの役割とは何なのか、暮らし方やものつくりの価値をあらためて問われることになりました。2030年に向けて何を考え、具体的にどう解を出していくか、それが次の世代に手渡す重要なバトンであると信じています。

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「エコ・ジレンマ」〜努力すればするほど劣化する地球環境

みなさんご存知のように、今はあらゆるものがエコ商品として市場に投入されています。一方で生活者の環境意識は世界でもトップクラスで、日本人の約9割が地球環境問題に関心を持っていると回答しています。このように生活者が環境問題に高い関心を持ち、一方で桁違いに高いテクノロジーがある。両方を掛け合わせると環境はよくならなくてはならないのですが、現実は全く良くならない、それどころかますます劣化していく。これが「エコ・ジレンマ」—私が作った言葉ですが—です。このエコ・ジレンマの構造がわからないままどんなエコ商品を市場に投入しても全く意味がないのです。
エコ・ジレンマが生じる理由は二つで、一つはエコ商材が消費の免罪符になっていること。テクノロジーの進歩をはるかに超えた消費が起きる構造になっています。もう一つはエコテクノロジーを生活者がどう使えばいいのかがわからないこと。エコだから今まで以上に使い放題にしてもいいのだと思わせるような説明書さえ少なくありません。エコテクノロジーを作れば作るほど消費は拡大し、環境が劣化するという構造になっています。ですから我々は、テクノロジーがどのようなライフスタイルを作るのか、鳥瞰する視野を持たなくてはなりません。テクノロジーがライフスタイルを提案しているかどうかが問われる時代になっているのです。

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テクノロジーがライフスタイルに責任を持つ時代がやってきた

今我々の周りには7つのリスクがあります。それは資源やエネルギーの枯渇であり、生物多様性の劣化であり、水や食料の分配、急激に増加する人口、そして地球温暖化に代表される気候変動です。しかしそれを独立した個々の問題として捉えたとたん地球環境が見えなくなってしまいます。テクノロジーの進歩と言うのはトレードオフの繰り返しなのです。何かを良かれと思ってすると違うところで悪いことが起こる。それを修正しながらその繰り返しでテクノロジーは進化してきました。この7つのリスクは2030年くらいにどれもが限界に達してしまいますが、地球環境問題の切り口からすると、それは「人間活動の肥大化」に起因します。
今我々が考えなければならないのは、この際限のない人間活動の肥大化を如何に停止・縮小できるかということです。そのためにはライフスタイルを変えなければなりません。それは決して我慢することではありません。心豊かに暮らしながら人間活動の肥大化を停止・縮小させるための知恵を、今こそ結集する必要があるのです。それはまさに今回の大震災の試練を乗り越える術そのものです。今のままでは2030年に文明崩壊の引き金をひくことになるかもしれません。

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しかし我々の思考は、今日を原点に明日や未来を考えるフォアキャスティングであり、この思考の延長ではライフスタイルはなかなか変えられないこともわかっています。それを証明したのが、我々が調査したこの「ライフスタイルハザードマップ」です。結局どんなテクノロジーを作ろうと、ライフスタイルが変わらない限りとてつもなく加速して行き、環境は劣化してきます。フォアキャストではどうしても拡大してしまいます。今でも世界中の人が日本人と同じ生活をしたら地球が2.3個、アメリカ人と同じ生活をしたら4.5個必要になると言われています。このままいったらいったい将来いくつの地球が必要になるのでしょうか。地球は一つしかない。ですから我々はバックキャストで考えました。
バックキャストで考えると言うのは、2030年の大変厳しい環境制約の中で心豊かに暮らせる、という生活シーンをたくさん描き、その中から必要なテクノロジーを抽出するという作業をします。今までは新しいテクノロジーができたらそれをどうやって生活に入れ込もうかを考えましたが、逆です。テクノロジーがライフスタイルに責任を持つというのは、まず我々が追求すべきライフスタイルがあり、それに適合するテクノロジーを考えるということです。

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