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生島ヒロシさんインタビュー
ほっとさせられると同時に勇気付けられる――安心感と信頼感、そして気さくな感じの語り口が人気の生島ヒロシさん。20歳のときに「大きな挫折を味わって」単身渡米したことが人生の転機になったという。そして50歳を契機に訪れた第2の節目。フリーアナウンサーとしての仕事をこなす一方、ファイナンシャルプランナーや福祉住環境コーディネーターの資格も取得するなど、自分をバージョンアップし続ける生島さんに、挑戦する心の源を教えていただくとともに、伝えるプロフェッショナルならではの、コミュニケーションのコツをうかがった。
ご活躍を拝見していますと、生島さんにはパワフルで前向きという印象が強くあります。「20歳で単身渡米」というエピソードもおもちで、子どもの頃からチャレンジ精神、冒険心が旺盛だったのでしょうか。

photo生島 子どもの頃は赤面症で引っ込み思案でしたよ。渡米も「夢を抱いて」とかそんなかっこいいことは全然なくて、人生最大といっていいほど大きな挫折を味わったことがきっかけでした。気仙沼から上京して大学生活を送るようになった当時、時代はいわゆる70年安保で学生運動が激しさを増しはじめていた頃。僕もちょっとは参加したのですが、理想を掲げながら実行が伴わない。そんな自分につくづく嫌気がさして、自己嫌悪から本当に立ち上がれないほど落ち込む毎日を送っていました。今振り返ってみると未熟というか、若く純粋だった(笑)。そんなときに渡米するきっかけが、文字通り降って湧いたのです。ところが、この渡米が無謀というか無計画というか、留学のためとかいうものではなく、とにかくスーツケース1個をもって、ろくに準備もせず飛行機に乗ったというものでした。「環境を変えてみたい」という思いがとにかく強かったんですね。だから、実は渡航費用が不足して最初はハワイへ。そこからだまされてサンフランシスコへ渡り、ロサンゼルスへ逃げ出して(笑)、結局そこで4年近くを過ごしました。現地のカレッジに行ったのは、せっかくアメリカにいるのだからディベートできるぐらいの英語力を身に付けたいということがあったからです。ジャーナリズム科を専攻したのはDJ に興味があったからで、どうせやるなら好きなことをという程度の動機からでした。まあ語りつくせないほどいろいろなエピソードがありますが、この渡米が僕の人生の転機になったことは間違いありません。おっしゃるようなチャレンジ精神も、アメリカに渡って培った自信で養うことになったと思います。

帰国後、プロのアナウンサーとなり、現在はフリーアナウンサーとして多メディアでご活躍されています。なかでも月〜金の早朝5時から放送されているラジオ番組は大変好評で、特に健康トークが話題ですね。
生島 父親が若くして癌であっという間に亡くなったこと、自分自身、胃腸系があまり丈夫ではないということもあり健康への関心は高かったのですが、特にフリーになってからは家でも会社でも一家の大黒柱になったという自覚から気を配るようになりました。そんな自分なりの健康法を話したことがきっかけで、視聴者の方から情報が寄せられるようになったのが健康コーナーのはじまりです。おかげで健康への関心にますます磨きがかかり、今ではすっかり健康オタクです。
とっておきの健康法はありますか。
photo生島 まず食べることに気を配っていますね。3食きちんと食べること、おいしい水を飲むこと、良質なサプリメントを摂ること、漢方も服用しています。身体を冷やさないようにすることも心がけていますが、何より夜寝るときに「口にテープを貼って寝る」というのが、僕のとっておきの健康法です。この鼻呼吸法を実行するようになってから、まったくかぜをひかなくなりました。この話はもちろんラジオでも紹介したのですが、そうしたらいつだったか千葉へ講演に行った帰り、電車の中で子供連れの若い母親から、「“口テープ”でうちの子のアレルギー体質が改善されたんです」と話しかけられたことがありました。皆さんの健康への感心の高さというか、メディアの影響力、アナウンサーという仕事の責任の大きさを感じましたね。ただ一方で、僕は常々健康志向だけではだめだという思いがあって、「心」と「身体」と「財布」の健康が大切だといっています。
ファイナンシャルプランナーの資格を取得されたのも、そうしたお考えがあったからですか。
生島 一つにはあります。昨今、年金のことが大きく話題になっていますよね。僕はいわゆる「団塊の世代」ですから特に関心が高いのですが、老後を楽しく過ごすには健康だけでは成り立たない。経済的基盤が必要だし、それを誰かに頼るのではなく自分で築くという考え方が必要なのではないかと思います。実はこういうことを考えるようになったのは、50歳を迎えた頃からです。ふと気付くと、子離れもし夫婦も自立している。経済的な心配もない。僕の場合は大変な親の介護もひと段落したところでした。では何か新しいことをはじめてみるか、と思っても20歳の頃のような、ゼロからスタートするほどには気力にも体力にも自信がない。でも、このまま毎日を過ごすだけでは、もったいないという気持ちがあったんですね。それで自分をバージョンアップしよう、できれば将来的に役立つことを勉強してみようかと思ったのです。そういう意味で、50歳は僕にとって2度目の人生の転機になりました。「未見の我」に出会いたい。そんな思いを原点に、面白そうだな、やってみたいなと思うことがあると、何でも挑戦するようになりましたね。福祉住環境コーディネーターの資格を取得したのも、お義母さんを介護したことも大きいのですが、そういう思いがありました。
ところで、生島さんは「伝えること」を仕事にされています。医師も(患者さんも)、実は「伝えること」がとても大切なのですね。
生島 僕は「1秒の言葉」を大切にしています。「ありがとう」「ごめんなさい」といったごく短い言葉ですね。短いけれども、コミュニケーションが十分とれる言葉だと思うんです。短いからこそ相手の立場に立って、思いやりをもって発しなければ、うまく伝えることができないからです。そう気を付けていると今度は、ごく普通に相手のことを思いながら話せるようにもなるんですね。
コミュニケーションの極意をお伺いしたように思います。アナウンサーというと言葉のプロフェッショナルという感じがしますが、実はコミュニケーションの達人なんですね。
生島 伝えるための言葉は、自然に発せられるものでなければならないと思います。僕は仕事柄たくさんのお医者さんともお会いしますが、名医といわれる先生方は、とてもお話がうまい。何がうまいかというと、とっても上手にたとえ話をされるのです。言葉に「のりしろ」がある。それは、自分自身のなかに余裕がなければ生まれてこないことなんですね。だからチャンスがあれば、先生方にもご自分をバージョンアップして引き出しをたくさんつくることをお勧めします。
最後に、このページを訪れた医師、また患者さんへ一言ずつメッセージをいただけますか。
photo生島 まずお医者さんに。医療に「のりしろ」は欠かせないものだと思うんです。患者さんを治そうと思ったら、その方のライフスタイルもみていただきたいし、施す医療は西洋医学にこだわらない「ジャンルを超えた医療」をしていただきたいなと思います。世の中の流れが変わっていくように病気も患者さんも、それらをめぐる周囲の環境も変わるもの。つまりマーケットニーズが変わるのですからそれに対するお医者さんも変わっていかなければならないのではないでしょうか。
患者さんには、毎日少しでいいから自分自身のための時間をつくって好きなことをやってみることをお勧めします。きっと毎日が生き生きとしてくると思いますよ。それから健康な方にも一言。病気にならなければわからないかもしれませんが、ほんと毎日の健康の積み重ね、貯蓄が肝心です。
生島 ヒロシ(いくしま ひろし)フリーアナウンサー
1950年生まれ。宮城県気仙沼市に生まれる。'71年単身渡米し、'75年にカリフォルニア州立大学ロングビーチ校、ジャーナリズム科を卒業。'76年TBS入社。ラジオ番組を振り出しにアナウンサーとして活躍する。'89年独立。現在、TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう一直線」、日経CNBC「マーケットトーク」などのレギュラーをもつ。2002年ファイナンシャルプランナー資格、2003年福祉住環境コーディネーター資格を取得。東北福祉大学客員教授。
著書に「生島ヒロシの坂道、寄り道、まわり道」(東京書籍)
「生島ヒロシの50歳からの健康上手」(日本経済新聞社)
「50歳からお金の心配がなくなる本」(幻冬舎)など。
講演多数。
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