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株式会社糸編 宮浦晋哉代表。繊維産地とデザイナーをつなぐファッションキュレーターが描くポジティブな未来とは
繊維産業の活性化を担う人材育成・発掘に向けて様々な取り組みを行う「産地の学校」。主宰を務める株式会社糸編 代表の宮浦氏に、これまでの歩みと未来への思いを伺いました。
海外で知った日本の素材の魅力、産地で直面した厳しい現実
もともとファッションが好きで、日本でデザインを勉強した後、「伝える側になりたい」とロンドンに留学しました。ファッションメディアを学びながら自分に何ができるかを模索する中で、先生やデザイナー、一流ブランドのスタッフなど、現地で出会った多くの人が「日本は素材の国」だと教えてくれました。皆、私が日本人だとわかると口を揃えて「素晴らしい技術を持っている」「多くのブランドが評価している」と言うのです。そんなことが何度もあり、日本の素材や産地に興味を持つようになりました。視野が広がるだろうと海外に出てきて、まさか母国の繊維産業の根本に触れることになるとは思ってもいませんでした。自分が何も知らなかったことにショックを受けましたね。
そんな矢先、八王子の老舗テキスタイルメーカー「みやしん」さんが廃業されるというニュースが大きな話題になりました。いてもたってもいられず代表の宮本英治さんのもとを訪ね、自分がイギリスで感じてきたことや素材に対して芽生えた思いを打ち明けると、「自分の足で産地を見てまわりなさい」という助言とともに、全国の産地の詳しい情報を教えてくださったのです。これを手掛かりに産地まわりをはじめました。
実際に各地を訪れると、初めて見る生産工程のダイナミックな景色に感動しました。また日本でしかできない技術を目の当たりにして、とてもワクワクしたのを覚えています。同時に、お話を伺うとどこも「続けていくことの難しさ」を口にされ、産地が抱える問題にも直面しました。自分に何かできないかと使命感のようなものが湧き、産地とデザイナーをつなぐファッションキュレーターとしての活動をはじめました。
生産背景を学び、業界の課題にも向き合う「産地の学校」
一方的に発信するだけでなく、「産地で得た感動を共有できる場」をつくりたいと考えていた時、縁あって月島に古民家を借りられることになり、2013年、コミュニティスペース「セコリ荘」が誕生しました。ざっくばらんな雰囲気の中で、私がまとめたレポートや産地から持ち帰った素材を見て意見交換できるよう、ここで週末限定のおでん屋を開いたんです。最初は私の服飾学校時代の友人や20代半ばのデザイナーの卵が集まっていたのですが、次第にその友達や先輩・後輩、知り合いへと、輪が広がっていきました。彼らは素材や産地に興味がなかったわけではなく、知る機会がなかっただけなんですね。「産地に行ってみたい」という声があがれば皆で赴いたり、逆に産地の方を招いたりと、交流はどんどん活発に。徐々に業界で知られるようになり、メディアにも取り上げていただくと、学生さんの進路相談や、素材をリサーチしたい大手アパレルメーカーと工場との橋渡しなど、さらに多様な方々と産地をつなぐサポートをしたり、色々な話をする機会が増えました。
そんな中で「ファッション業界を志す学生や、起業を目指す方、生産背景や素材を学びたいデザイナーを対象とした学校」という構想が浮かびました。業界が抱える課題も織り交ぜながら、原料、織り、編み、仕上げがひと通り学べるようプログラム化しようと思ったのです。そして2017年、株式会社糸編を設立し、「産地の学校」をスタートしました。
先述した宮本さんに一番に報告に行き講師をお願いすると、とても喜んでいただき快く引き受けてくださいました。他にも全国の産地の職人さんや専門家の方を講師に招き、3時間半の座学に質疑応答・交流タイムを加えた計4時間半を全12回。1日で得られる知識は膨大です。元みやしんの工場見学の機会も設けていて、非常に充実したプログラムだと思っています。おかげで毎回定員以上の人が集まってくれています。
一つの素材にフィーチャーした「ベンベルグラボ」
2018年からは、産地の学校の特別コースとして旭化成さんと共同で「ベンベルグラボ」を始めました。1つの素材に的を絞ったことで、その成り立ちから生産工程、機能までをより効率よく学べるプログラムになりました。座学だけでなく、ベンベルグミュージアムの見学や、延岡のベンベルグ工場、山梨の富士吉田産地などへの遠征も組み込まれています。受講生同士の絆も深まりますし、いいタイミングで原糸や撚糸、ジャカードや染めなど、リアルな現場に触れることで、インプットした知識がより深く入っていくと思いますね。
“学んで終わり”ではなく、アウトプットの機会を設けているのも大きな特長です。プログラムの集大成として最後にプレゼンテーションをしてもらうのですが、受講生はこれに向けて、復習したり、疑問はすぐに解消しようとしたりと、自ずと学びの精度が高まっています。実際のプレゼンでは、「会社を立ち上げて、ベンベルグを活かしたブランドをつくりたい」「ベンベルグの糸で機屋さんと生地を織りたい」「ベンベルグのプロモーション戦略」などそれぞれの熱い思いが語られました。お互いの考えを知ることができ、今後もつながりを持って何かと一緒に取り組んでいけるのではないかという期待が湧きましたね。
たくさんの仲間と、繊維産業の“ワクワクする未来”を築きたい
現在は東京校、ベンベルグラボのほかに、綿織物で有名な静岡県の「遠州産地」と、久留米絣で知られる福岡県の「ひろかわ産地」にも産地の学校を開講しています。この2校は行政と連携して産地の職人不足の解決を目指しており、地元の方で繊維産業への就職を考えている人や、県外から産地に入りたいと思っている人を対象にしています。今後も大阪や尾州など各産地のニーズに応じた学校をつくりたいと考えています。
各コース共通して10~20代の受講生は、“産地の衰退”という問題にあまりリアリティを感じないようで、純粋に「楽しそう」と魅力を感じている人が多いように思います。私自身も、若い世代が連携すれば斜陽産業と言われているこの繊維産業も、もっともっと良くなっていけるとポジティブに捉えています。これまでの修了生の中には、東京でブランドを立ち上げた人や産地の機屋さんに就職した人など、それぞれの夢に向かって具体的に動き始めた人が既にたくさんいます。産地の学校で“同じ釜の飯を食った”仲間が全国各地にいて、同じ志を持つ者同士、デザインと技術をぶつけ合って何かを生み出していける。これって単純に、産業規模の増減関係なく、ワクワクするし楽しいですよね。そういう空気感は必ず消費者にも届くと思っているんです。これからも仲間や同志を増やす、産地の可能性を拓く、産地と人をつなぐ、ということを継続して、少しでも繊維産業の未来に貢献できればと思います。