── 眠りのあり方も年齢で変化して、しかも性差がある。
鍛治さん 夫婦、同じリズムで寝起きすることにこだわりすぎると、それが心理的なストレスになり逆に睡眠障害を引き起こしてしまう。高齢者の眠りに関しては、リフォームでも男女差の解消をサポートできるようなデザインが考えられるんじゃないかと思います。これは枕やベッドを替えて何とかなる問題ではないですよね。一方、早朝覚醒で昼間に眠くなることが多い男性高齢者は、昼寝は夜の眠りに差し障りがあると我慢しがちなんです。でも上手な仮眠のとりかたもあるんですよ。そのための場所や道具があれば、気がねなく快適な仮眠ができる。高齢者向けのリフォームは手すりの設置や段差解消などバリアフリーが注目されていますが、まだまだ見過ごされがちなテーマがあるなと思いました。
── なるほど、眠る道具や空間も大事ですが、眠りの加齢変化や性差などに関心を持つことも大事ですよね。
鍛治さん そうですよ。高齢者問題についても睡眠についても各分野で研究は進んでいると思いますが、学際交流は十分とは言えないですね。伝える場も少ない。私は睡眠改善インストラクター*²という資格を取得しているのですが、こうした仕事を通して伝えていきたいと思っています。でもどうしても対個人の活動になるので、もう少し大きな組織が代わって伝えたほうが効果的です。そんな流れをつくることも私の仕事ですね。
── 鍛治さんがもともと睡眠に興味を持ったきっかけは何ですか?
鍛治さん 実は私は大学で生理学や民族学を学んだわけではないんですね。ある国際問題がきっかけで自分の仕事の方向転換が求められた時に、睡眠文化研究会の前身の前身に当たる「快眠スタジオ」という部署が、寝具メーカーのロフテーに開設され、その時の人材募集に応募したのが最初でしょうか。
── 東京・青山に「睡眠文化ギャラリー/ねむり文化ギャラリーα」ができた頃ですね。
鍛治さん そうです。最初は総務の仕事だったのですが、「睡眠文化ギャラリー」で睡眠のシンポジウムや子守唄の音楽会など、眠りのイベントがいろいろ行われ、それを企画担当と一緒に手伝っているうちに睡眠文化への興味が膨らみ、それで上司に相談して研究職に担当替えしていただいたんです。その頃(1988年)から眠りのライブラリーはありましたから、最初は書籍でいろいろ独学です。蔵書は最終的には2200冊以上まで増えたのですが、その後会社移転に伴いライブラリーも縮小されまして、この時に保管された書籍が現在のライブラリー*³のベースになっています。現在は企業傘下を離れNPO法人による運営と活動です。
── 今年(2012年)3月に東京・三軒茶屋の「生活工房ギャラリー」で開催された「I'm so sleepy どうにも眠くなる展覧会」*⁴にも、NPO法人睡眠文化研究会が特別協力として参加されていたましたね。
鍛治さん はい、基本コンセプトづくりや展示の監修という形で特別協力しました。この展覧会では、主催者が環境デザインを手がけたデザイナーと協働で製作した「人の一日の体内リズムを可視化したモデル」が、とても分かりやすくユニークだと思いました。ホルモン分泌や体温のリズムなど、24時間と体内時計を一元的に捉えた展示は見たことがなかったですから。
── このサイトも体の一日のリズムを整えることを重視していて、朝の太陽を浴びる大切さを伝えています。
鍛治さん 朝の太陽は通常はたいてい、一日より少し長い時間で動いている人の体内時計を、一日の始まりに24時間にリセットする強力な要素であることには定評があり間違いはない。それに加えて、近年は「食事」もそれに近い働きかけをする行為として注目されているんです。
今回の日本睡眠学会でも「時間栄養学」について注目されていました。体内時計はまだ研究途上だと思うのですが、マスタークロック、いわば親時計は脳内に一つあって、それが体内の臓器にある子時計と連動していると考える説もあります。消化器にもそれぞれ子時計があって、たぶん胃袋の「腹時計」もその一つですね。その子時計が定時の朝食によって、24時間リズムにうまくリセットされ、それがマスタークロックにも連動して、体内時計のリズムがさらに整うと考えられています。夜行性の動物を昼間餌付けすると、食事のために昼行性になるというデータもありますから。
近年研究が進む時間栄養学は、生体リズムの視点からの栄養学といえる。実は、生物は脳にある「主時計遺伝子」の働きで、一日二十五時間のリズムで体内時計を刻んでいる。
しかし、地球の一日は二十四時間。外界の環境に合わせて効率よく生活するには、体内時計の「リセット」が必要だが、これを主時計遺伝子が毎日、朝の光を受けて行っている。
女子栄養大の香川靖雄副学長(生体エネルギー学)は「明暗が変化しない部屋で暮らしていると、人は一時間ずつ夜更かしになっていく」と話す。加藤教授(注:県立広島大の加藤秀夫教授〈基礎栄養学〉)によると、年を取るほど体内時計は二十四時間に近づくため、朝早く目覚める高齢者が多くなるという。
体内時計の調整で、大きな役割を果たすのが朝食だ。肝臓や小腸など体のさまざまな場所には末梢(まっしょう)時計遺伝子があり、主時計遺伝子と同調して働いているが、これをリセットするのが朝食。主時計遺伝子のエネルギー源としても重要だという。
(東京新聞、2011年11月1日の記事より抜粋。 記者/竹上順子)*⁵
── 「腹時計」って分かりやすいです。いろいろ思い当たることがありますね。
鍛治さん 朝日を浴びる、定時に朝食を取る。朝日が差し込んでみんなが集いたくなるような場所に朝食コーナーやダイニングも設けるのも重要だし、朝明るい場所で、同じ時間に自然と食卓に着きたくなることも大事なんでしょうね。わざわざというのは負担になるので、設計の工夫で無意識に実践できるようになるのがいちばんです。
── それは「朝のひかり 夜のあかり」の大きなテーマの一つです。
鍛治さん 私はヘーベルハウスの商品開発の方とお会いすることもあるのですが、自然と共生する都市住宅というヘーベルハウスの考え方は、資料やカタログでは「睡眠」とは関連づけていませんが、実は快眠ととても親和性が高い要素が多いと思うんですよ。睡眠にとって理想的な取り組みを設計の中ですでに実践している。それを「眠り」という切り口で捉え直すだけで、「快眠住宅」としての優位性が見えてくると思います。ARIOSは快眠環境のシミュレーションにも活用できるはず。
── 最後に鍛治さんの今後の研究テーマについても聞かせてください。
鍛治さん 私は今は睡眠文化の調査地域の範囲を少しずつ増やしながら、聞き取り調査を行っています。発表の機会があったら紹介させてください。
── 「寝床術」のご紹介から睡眠研究のお話まで、どうもありがとうございました。次回からは鍛治さんと一緒に睡眠に関するさまざまな研究室や研究者を訪ねて、眠りの著書や睡眠の所見などを紹介していきます。本の解説とともに読者のみなさまの快眠への関心がどんどん高まるお話をまとめていきます。よろしくお願いします。