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暮らしのコツ

鍛治さん 昼寝ビジネスも出てきましたね。私は個人的には吉本ばななさんの「白河夜船」が好きなんですが、最近は小説で描かれていた眠りの仕事が現実になりつつあって、秋葉原では「添い寝専門店」*⁴が話題になっていたり。

柴田さん そうですか。そんなお店が……。

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── ホテルチェーンのホリディ・インは客がベッドを使う前に、従業員が体温でベッドを温める「革新的な」サービスをロンドンとマンチェスターで2010年に試験的にスタートさせましたよ。眠りについては理にかなったサービスだと言われています。*⁵

柴田さん ええええ。それは嫌がる人もいますよね。でも、それを望む人もいるんですね。いずれにしても、眠りビジネスはこれからいろいろ出てくるんでしょうね。

鍛治さん そうですね。20年前は日本で10人に一人と言われた眠りに悩む人々の割合は、今年からは5人に一人という数字が使われるようになりましたから。眠りに悩む人は増えていますから、眠りのサービスはビジネスになりやすいかもしれません。

柴田さん 眠りに悩む人の割合が2倍ということは、睡眠時間は減っていて、しかも眠れない人が増えている、ということですか。

鍛治さん そういうことになります。

柴田さん つらい話ですね。日本人は覚醒を強いられる生活を送っているということなんでしょうか。それとも寝る時間がもったいないと考えているのか。

鍛治さん もちろん未だに睡眠時間が惜しいと考える人もいると思います。それ以外に大きな問題として挙げられるのは、最近、一気に普及したLEDや、携帯、スマートフォン、PCの画面の青味がかった光が、眠りの準備に向かう体を覚醒させて、入眠時間をどんどん後退させていることです。刺激的で直接的な光は眠りには望ましくないんですよ。

柴田さん 近所にコンビニがオープンしたんですが、夜の照明はまぶしくて刺激的な光ですよね。あれは確かに迷惑だなと思いますよ。

── 都市には夜なのに覚醒を強いる環境が多いですよ。寝たら買い物もしなくなりますから。今の話で思い出したのですが、この「眠り号」に収録されている小川未明の「眠い町」は面白かったです。人ではなく町が眠い。最後はふいに突き放されたような不思議な気分になりました(「眠い町は「明かりの本」で読むことができます)。

柴田さん 「眠い町」は「眠い」ということと、文明がおかしな方向に進んでいることが見えなくなっている文明批判的な要素が、ゆるやかにつながっていますよね。もしストレートな文明批判だと「確かにそれはそうだけどさ……」みたいな反応で終わっちゃうけど、誰もが眠くなってだるい気分になっている実感と文明批判が重なっているような、重なっていないような、効率の悪い批判になっているのが良いと思うんですよ。この童話に茂田井武さんが絵を描いた絵本「ねむいまち」もすごく良いですよ。なにより「眠い町」というタイトルが利いていますよね。カッコいいです。

紀 (注:喜多村紀さん=画家) 柴田さんの存在は何かといったら〈柴田場〉っていうのがあるんだと思う。その〈柴田場〉の中では、意識の部分っていうのは実は小さいんだと思うの。でも、人間ていうのは意識の部分だけで社会や他のものを作って生きているし、その中で社会的文脈とか歴史的文脈ができてくる。
 だけど、〈柴田場〉はそれだけじゃなくて、そっちでゲップしたりとかさ(笑)、そういうことを含めての〈柴田場〉なわけじゃないですか。で、ゲップなんていうのはおそらく不随意なものなわけでしょう。僕らは案外、そういう自分が意識していないことをたくさんやってるわけです。
(中略)
柴田(注:柴田元幸さん) 小川未明の「眠い町」っていう童話があるんですけど、あれが発想として素晴らしいのは、場所が眠いっていう点なんですよね。要するに、さっきから、眠い感じって、眠りを感じさせる絵って、要するに誰かそこに眠い人がいるっていうんじゃなくてさ、場所が眠いんじゃないかね。違うかな。
 だから、さっきの話じゃないけど、人間が眠るのもさ、例えば、柴原さんが眠るのも、柴田場が眠くなるんだよ。柴田さんっていう人格が眠くなるんじゃないんだよ、たぶん。
さとし(注:きたむらさとしさん=絵本作家、イラストレーター) それと、昔は暗くなったらみんな寝てた。でも、今みたいに電気とかできてくるとだんだん寝なくなってしまう。だから、例えば場所が寝るっていったら、確かに昔はもっと、文字通り場所が寝てたんだろうね。人間が寝ちゃって、家も電気消してたから、家も寝てるような感じになる。今はそれが減っちゃってるけど。逆にニューヨークとか、町全体がものすごく起きてるじゃない、四六時中。町が全部ビルでできてるし、島だし、完璧に範囲が決ってるから余計そう感じるんだと思うんですよね。東京は意外に広いから、このへんは寝てる、このへんは起きてる、みたいなこともありえるけれども、ニューヨークの場合、バシッと一個になってるから。
柴田 「町が覚醒している」と言うとき、それは要するに人間の意思の表れですね。だから、なんていうんだろう、さっき紀さんが、一人の人間の中で、意識的な部分なんて実はちょっとで、残りの寝てるようなところが結構大きいかもって言ったけど、こう、空間の中でも、なんか人間的な要素がすごい突出しているのが都市で、例えば山の中っていうのは、そこに人間が入っても、それがどうしたって感じになるってことですかね。
(喜多村紀×きたむらさとし×柴田元幸、『Monkey Business』vol.2「眠っているのは誰(何)か」より)

──柴田さんと鍜治さんの話はこのまま続いて、次回は夜と眠り文化について。お楽しみに。

*1 小澤英実(おざわ・えいみ)

1977年生まれ。東京大学文学部言語文化学科英語英米文学専修課程を卒業後、同大学の大学院総合文化研究科の修士課程、博士課程に在籍。2011年7月から東京学芸大学人文社会科学系准教授。専門はアメリカ文化、現代日米演劇、舞台芸術批評。

*2 大和田俊之(おおわだ・としゆき)

1970年神奈川生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、同志社大学大学院アメリカ研究科前期博士課程修了。慶應義塾大学大学院文学研究科英米文学専攻後期博士課程修了。慶応義塾大学法学部准教授。専門はアメリカ文学、ポピュラー音楽研究。『アメリカ音楽史 ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップホップまで』(講談社選書メチエ)でサントリー学芸賞を受賞。

*3 都甲幸治(とこう・こうじ)

1969年福岡県生まれ。東京大学教養学部教養学科表象文化論専攻を卒業後、東京大学大学院総合文化研究科表象文化論専攻修士課程修了。翻訳家を経て、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻アメリカ科修士課程修了。同大学院博士課程、南カリフォルニア大学大学院英文科博士課程に在籍。アメリカ文学研究者、翻訳家、早稲田大学文学学術院教授、讀賣新聞書評委員。

*4「添い寝ビジネス」はニューヨーク生まれです。

The SNUGGERYのウェブサイト(英語)CNNで紹介されたThe SNUGGERYのニュースビデオ〈A Penfield, New York, woman has started a cuddle for hire business. She charges $60 an hour to snuggle.〉 と秋葉原の添い寝ビジネス〈How much would you pay to nap next to a stranger? Alex Zolbert finds a Tokyo business is cashing in on that question.〉(英語)

*5 「ベッドに人のぬくもり、ホリディ・インが新サービス」ロイター、2010年1月22日

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