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暮らしのコツ

── コタツとオンドルやペチカを分けるラインがどこかにあるんですね。

鍛治さん そうみたいですよ。
 話を戻しますが、「くつろぎの部屋としての居間」に「ベルサイユ」や「エジンバラ」のような応接セットの家具装置が入ってきて、日本の暮らしを機能的にも見た目にも欧風に進化させようとする風潮はあったけれど、それに比べて寝室には新しい装置というか「セット」は出てこないんですよね。まあ、布団で寝ていた日本人にとってベッドは新しい家具だとは思いますけど……。

── 応接3点セットやダイニング5点セットに対して「寝室3点セット」なんて聞いたことないですもんね。人に見せる部屋と見せない部屋の違いなんでしょうか。

鍛治さん そうですね。人目につくところは「ベルサイユ」。でも、床にカーペットを敷いて、床に座れるようになってコタツでも置いてしまうと、また床にゴロっとする暮らしは止められない……。

── まあ、それはしょうがないですよね。昔は「絨毯パブ」みたいなお店もあったし、お座敷列車もあったし、床に座れるなら寝転がっちゃいますよね。
 以前、今もリビング家具として人気が高いアルフレックスジャパンの創設者の保科さんにお話をうかがったことがあるのですが、その時のお話ではイタリアでは家族が食後にソファでくつろぐイメージがあるけれど、イタリアでもソファは応接のための家具で、家族みんながくつろぐ家具になったのは戦後ではないかと仰ってました。実はアルフレックスはその先駆者だったんですね。このソファの生活文化を日本に輸入しようとした時に、保科さんは当時の応接間に持ち込むと応接セットの置き換えになってしまうけれど、コタツの代替として導入すればソファの良さが日本人の暮らしの中でも活かされるはずだと考えたそうです。

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鍛治さん なるほど~。80年代はイタリア家具ブームがありましたが、そういう発想もあったんですね。無印良品が中近東に進出しましたが、リビング関連の商品のラインアップがどうなったのか、ちょっと知りたいところですね。ホットカーペットなんかも売られているんでしょうか。

── これは私見になりますが、リビングに関しては応接セットの後には家具調コタツブームや、カラフルな北欧家具の「イノベーター」の家具がヒットしたり、「アルフレックス」が理想のリビングのイメージを牽引しましたが、寝室に関してはそういうプレイヤーは登場していないですよね。

鍛治さん アルフレックスジャパンは「ルナパーク」という、イタリア製のベッドや寝室家具、シーツなどのファブリックスのブランドも展開していましたが、同社のソファほどの影響力はなかったかもしれません。いずれにしても、リビングでは異文化交流みたいなことが起きたけれど、日本人の寝室には「ベルサイユ」やイタリアのドルチェ・ヴィータはやって来なかったわけです。

── 寝室に関しては保守的なんでしょうかね。生誕百周年記念で復刊された西山夘三さんの本で、1948年に毎日出版文化賞を受賞した「これからのすまい」(相模書房刊、復刻版、2011年)を読むと、当時、西山さんは家族の睡眠のスタイルや寝室には改革が必要だとずいぶん積極的に発言されていました。

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鍛治さん そうですか。

── ただ、寝室に関しては研究や調査の結果というより、自分の所見や理想を熱く語っていたように感じたんですよね。西山さんのお考えも西欧のライフスタイルに倣うところが大きかったと思うのですが……。

鍛治さん 寝室はどうしても個人的な見解になってしまうんですよね。沢田さんはいろいろなデータを載せていますが、寝室に関するデータとしては……昭和期の動向として「耐久消費財の保有の推移」というグラフが載っています。これを見ると1965年くらいまでは応接セットとベッドと、じゅうたん、洗濯機が1000世帯当たりほぼ同数で移行していますが、75年頃からじゅうたんが急伸して、ベッドと洗濯機が同じように伸び、応接セットは保有数が一定になっていきます。

── これを見ると日本人のライフスタイルが何で決定づけられてきたかがわかりますね。

鍛治さん ベッドの推移を見ると、じゅうたんのような爆発的な保有数の増加はないですね。かつての和洋二重生活の時代は、応接間のような空間が、暮らしの場とは別な空間として付設されて、そこは完全な洋間として造られていました。それが暮らしの中に入ってきて、お茶の間が応接を兼ねたリビングになって、中産階級にも応接セットが求められたわけですよね。だから気分的にも新しい装置が入り込みやすい環境があったのでしょうか。リビングのカタチはずいぶん変わってきましたからね。就寝の前の時間の過ごし方の変化は、かつては応接セットやイタリアのソファが促して、現在はPCや通信技術の進化が影響を与えているように思いますね。

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── テレビが一家に一台だった時代と、個室にもテレビがある時代で変わったのかなと思うこともあります。

鍛治さん そうですね。3月末でフジテレビの「笑っていいとも」が終了しましたけど、お昼の時間を過ごす人々のスタイルが「笑っていいとも」スタート時とはずいぶん変わっているという記事を雑誌で読んだんですよ。放映開始当時は社員食堂や街の定食屋さんのテレビに「いいとも」が映っていると、みんなが画面を見て、みんなで笑っていたわけです。最近はテレビがある定食屋さんで「いいとも」をやっていても、食事しながらスマホの画面を見ている人が増えたそうです。まあ、そうかなとは思いますが、この20年ですごく変わったことの一つですよね。

── たしかにこんなふうになるなんて、「いいとも」スタート当時は想像できなかったですよ。

 ここでは、テレビのなかった時代の家族だんらんの姿を描いた日本生命の広告(昭和二十五年)、日本住宅公団発足当初の2DK住宅の家族だんらん(昭和三十一年)、テレビが普及し始めた頃の家族だんらんの姿を描いた日本興業銀行の広告(昭和三十四年)を比較してみよう。
 最初の日本生命の広告には「希望をのせて」の文字が入り、テレビのなかった時代の家族だんらんの姿が象徴されている。「平和な」と感じるのは、床の間のある座敷に座卓を置いて、着物姿でくつろぐ父親・母親・子供の表情に、戦後の暮らしに新たな希望を感じ始めた安堵感がうかがえるからであろう。みんなの眼差しが明るい。
 日本住宅公団発足当初につくられた広報誌には、「ダイニングキッチン」の隣の和室でくつろぐ家族の写真がある。この「2DK住宅」の場合は、父親が子供を膝に乗せて遊ばせている姿に「家族だんらん風景」と記されている。父親は新しい住宅にふさわしく洋服姿で、「和室」には床の間はなく代わってタンスが見える。
 一方、日本興業銀行の「利付興業債券」の広告には、「ゆたかな生活へのプランは」と文字が入り、こたつを囲んで父親・母親・子供がテレビの画面に見入っている姿がある。当時テレビは極めて高額な商品であり、そんなテレビを入手することが「ゆたかな生活」プランなのだと宣伝したのであろう。ここでは、父親の座がテレビに入れ替わっている。
(「ユカ坐・イス坐」高度成長の足跡、より。P.136)

鍛治さん さらにもう一展開くらいありそうですよね。でも寝室は変わらないのかな。ただ、畳や床座、敷き布団についてはさらに再評価されているというか、新鮮なものとして捉え直されている風潮は感じます。若い人たちは床座にすんなりと入っていけているんじゃないかな。

── 一方では床でゴロゴロするのは怠惰でけしからんという文化もありました。さらに言えば、コンビニの外や駅のプラットフォームで地べたにペタリと座り込んじゃう10代がメディアで取り上げられたのも、もう10年前ですもんね。

鍛治さん 古い生活文化を否定しようとしても、根強く残っていたものが、最近は否定とか肯定とかではなくて、どこかで断絶されてリセットされているんじゃないかと思うこともありますよ。若者層の畳再評価も昔からの文脈とは違うような気がします。

── そう思う人は多いかもしれない。住まいのカタチも伝統的なスタイルから切り離されてどんどん変わっていくのでしょうか。

鍛治さん パーソナルスペースを研究している方によると、日本人には四畳半の広さが心理的にリラックスできると聞いたことがあります。そうした身体性に関わる部分は変わらないのだと思います。
 シングルベッドの幅は日本の布団の幅で、それは着物のサイズに由来しているんですよね。さらに言えば着物の織り機の幅ですね。日本には大きな幅の生地を織る力織機がなかったので、布団は着物の生地を三枚剥いで布団のサイズになっている。それが私たちの寝る「幅」になったわけです。一方、西洋では大きなベッドにみんなで寝ていたわけで、もともとの「幅」のスタートが違うんですよね。

── なるほど。

鍛治さん これまでは「寝室」を日本の歴史の中で見てきましたが、次回は視野を世界に広げて、世界の寝室の変遷が窺えるような本を紹介しますね。

*1沢田知子(さわだ・ともこ)

文化学園大学(旧・文化女子大学)造形学部建築・インテリア学科教授。2002年より造形学部長。専攻は建築計画、住居学、インテリアデザイン。住宅のインテリア(内部空間)の問題を、単なるかたちの美しさやデザインの観点からではなく、生活文化や社会的背景、人間の行動や心理とのかかわりから解き明かす。とりわけ、起居様式(ユカ坐・イス坐)については、学位論文にも取り上げた興味の対象であり、これからの日本住宅を方向づける重要なテーマと考えている。近著に「日本人の辞典」(共著、朝倉書店刊、2003年)、「事例で読む現代集合住宅デザイン」(共著、彰国社刊、2004年)。

*2コルシ

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