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暮らしのコツ

── 明治文学でも夢が出てくるのは寝ている時の夢の話ですよね。夢が「希望」の意味で使われるのは戦後、昭和の半ば以降になってからなんですね。

鍛治さん 今となっては「夢」という単語を使わずに将来の展望や希望を語ることが難しくなりましたよね。スペイン語では睡眠と夢が同じ言葉ですね。その民族の睡眠文化は言葉からもわかりますよ。日本では枕は眠る時に使う「枕」ですが、遊牧民族では枕とクッションが同義だったりします。

日本語の「枕」は、『古事記』に登場する古い言葉だが、語源には、頭を休めるところ「アタマクラ」が転じて「マクラ」となったなど諸説ある。(中略)
 現在使用されているような、中に詰め物をした柔らかい枕は、もともとインド・アラブ世界のクッションがヨーロッパに入ってきたもので、それまでの丸太に代わって使われるようになったものである。このようなクッション型の枕は西洋にもたらされたとき、その名前もそのまま入ってきた。スペイン語で枕を表わす「アルモハダ(almohada)」はアラビア語起源で、直訳すると「クッション(the cushion)」にほかならない。 (『睡眠文化を学ぶ人のために』P.142〜143、ひと眠りコラム4「枕の世界地図」 鍛治恵)より)

── 立教の講義のコーディネートは豊田先生がご担当ですよね。他の大学にまで学びの場が広がる可能性も感じていますか?

豊田さん 睡眠文化をタイトルに掲げている講義は他の大学ではまだないと思いますが、個々の講義の中でサブテキスト的に用いている先生はいるのではないでしょうか。

鍛治さん 例えば、早稲田大学のスポーツ神経精神医学科でスポーツと睡眠を研究されている内田直先生の「睡眠の医学」という講義の中では一コマ、医学科学系とは違う文化の視点から睡眠を取り上げてほしいということで講義をしています。

── 立教大学ではどのような経緯で睡眠文化の講義が設けられたのでしょうか。

豊田さん もともとこの本を教科書とした講義ができないかと考えていました。立教の講義に全学共通カリキュラムと呼ばれる、昔の一般教養のように学部を横断して全学部を対象としたカリキュラムがあります。そこで教員が自ら講義を提案できる申請科目がありまして、私が……。立教ではゲストスピーカーを呼べる体制も整っていて、それで6年前にスタートしたわけです。

── この本の筆者の先生を授業に呼んで実際にレクチャーしていただくのでしょうか。

豊田さん そうです。とても好評で、だいたい300人くらい受講しています。

── すごい人数ですね。

豊田さん 受講希望者全員は受講できておらず抽選で300人です。4年目でようやく取れましたという学生もいますよ。講義がスタートする前にテキストを全部読んでいる学生も多いです。大学生はあまり寝ていないですし、普段不規則な生活を送っている人が多いですから、自分の睡眠への不安があり講義を受けたという人もいますね。

鍛治さん 京大でも抽選ですが、受講できないことに不満を感じる学生が多くて、去年は抽選ナシにしたら受講者が1000人になりましたからね~。

── 睡眠が注目される現在だから成り立つ講義なんでしょうか?

豊田さん うーん、大学の講義もかつてはわりと自由なテーマではやりにくかったんですよね。固定されたカリキュラムで、時代に応じて新講義を設けるような体制にはなっていなかったと思うんですよ。最近はそのへんが変わってきましたね。もちろん審査はありますが、教員が自分が行いたい講義を申請して、それが実現できるようになりました。これもたしかに最近の傾向だと思いますが。

鍛治さん 睡眠は自然科学の領域でしたが、睡眠文化はその枠を超えて、社会学などの人文科学からも読み解ける。ですから全学共通カリキュラムのような横断的な講義がなければ実現するのは難しかったでしょう。

豊田さん 立教の場合はもう6年目なので、少しモデルチェンジを加えて、自然科学系のレクチャーを少し増やして、最新の情報を盛り込んだ講義になりました。

── 大人でも受講したくなりますね。一般向けのコースとかあると良いのですが。

鍛治さん 家電メーカーやトイレタリーのブランドの方も講義に興味を持たれているようですね。

── トイレタリーのブランドですか?

鍛治さん 歯磨きって朝夜のモードチェンジの行為でもありますよね。企業としては清潔や衛生のための行為と捉えていて、これまでは「睡眠」は意識していなかったけれど、実は、その活動が睡眠や覚醒に関わっているのではと考え直す企業もあるようです。自社製品を睡眠をサポートするだけでなく、睡眠のための活動をサポートする製品と捉え直すこともできますからね。

── 寝るには眠るための準備が大切だと言われていますからね。

現代の睡眠状況を考えると、生活環境が多様化するにともない、睡眠の実態も多様化している。(中略)
これまでに睡眠環境とされてきた光、音、温度、空気調節、寝具、眠るさいの衣服などに加えて、より広い意味での睡眠環境、つまり寝具だけでなくどのようなモノにこだわりを示すか、睡眠前にどのような行為をするかなどの調査研究が望まれる。これは睡眠という行為が我々の他の行為と深く関わっているということであり、人類学の総合的な視点というアプローチと通じるものである。 (『睡眠文化を学ぶ人のために』P.161、8章「人類学からのアプローチ 豊田由貴夫」より)

豊田さん 私も学生の頃は不規則な生活送ってましたからね。でも今は7時間は寝てますよ。自然に眠るということを体験としてわかっていますからね。朝泳いでから大学に行くんですよ。でもね、何度も言いますが、今の学生はあまり寝てないですよね。バイトやってサークル出ておまけに講義まで出なくちゃならない。

── 講義まで(笑)

豊田さん 学生はみんな睡眠不足ですから。講義でもちょっと退屈だと学生は寝てしまう。絶えず緊張を引き出すような講義をしないと「学生は寝るものだ」と考えている先生は多いと思います。居眠りどころではない本格的な睡眠の学生もいますから(笑)。私たちの世代とは感覚がずいぶん変わっていると思うので、気をつけないとね。私たちが常識と考えることが通用しない場合も多いですよ。

鍛治さん 大学で講義中の居眠りって日本特有ですよね。

豊田さん そうですね。海外では自分が自分に投資して来ている学生が多いので意識が高いということもあるでしょうね。韓国や中国では先生に対する尊敬の念が強いですから、寝ている場合ではないです。

── 同じ東アジアでもずいぶん違いますね。

豊田さん 確かに日本は居眠りには寛容かもしれないですね。でも、睡眠文化の授業は寝ている学生はほとんどいませんよ。

── また学生に戻りたいです。本日はどうもありがとうございました。

鍛治さん ありがとうございました。

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