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暮らしのコツ

ポートランドの「夜のひかり」

夜の始まりはハッピーアワーから

  夕方、早ければ午後の2時過ぎから、ひと際にぎわいを見せる場所がぽつぽつと現れ出すポートランドの街中。こんな時間にどこから人がやって来たのか、と疑問がわかなくもありませんが、そこにいる自分の状況を考えてみれば少々納得もいきます。その場所とは、バーやブリューワリー、アルコールをメインとしたレストランのハッピーアワー。ポートランドではライター、デザイナー、フォトグラファーなどフリーランスで働く人の割合が高く、クリエイティブな仕事に携わる人たちは会社勤めであっても、とかくフレキシブル。また人口に対する飲食店の数も全米で常に上位に入るこの街には、コーヒーショップやベーカリー、ブレイクファーストショップで早朝から働く人々も当然、多く、彼らにとっては“おやつ”の時間が“おつかれさま”のひとときでもあるのです。ということで、お酒もおつまみもお得なハッピーアワーは、ポートランドでは夜の始まりの合図。会社勤めの人も5時にはきっちり上がるのが一般的で、一杯さくっと引っ掛けてから家路につく、または帰宅早々、近所のブリューワリーやバーで早めに飲んでから、家で食事をとる、というパターンも定番です。店内の各テーブルには、ガラスジャーとろうそくが添えられ、控えめなあかりの下で、一日をしめくくっていくのです。昼間の陽気から薄明かり、暗がりへと次第にトーンを落としていく自然のあかりに反比例するように存在感を増していくろうそくのゆらぎ。その効果は科学的にも緊張やストレスを心身からほぐしてくれることが実証されているのみならず、環境先進都市に住む彼らのむやみに電気に頼らない姿勢や、夜には夜の自然の暗さを受け入れるという考えも反映されているのです。日本から訪れた人々のなかには「ほの暗くて営業しているのか、ぱっと見にはわからない」と驚く人も少なからず。でもそのあかりにしばらく包まれていれば、すぐに暗さに慣れ、心地いいものに変わっていることにも気づくのです。

1.朝が早い分、夜も早い。ハッピーアワー文化が盛んで、3時過ぎには人であふれるが、夜9時過ぎにはラストオーダーになるところも多い。 2.街の東側にそびえるマウントフッドからの分水で上質な水に恵まれ、アーバンワイナリーやビール醸造所も多い。ビール醸造所に併設されたバースペースも人気。 3.古いものを大事にする気質。アンティークショップではスタンド照明もたくさん扱われている。

照明は必要なだけ部分的に

 全体的にほの暗いのは、住宅街でも感じることです。住宅街の家々の窓によく見かけるのは、スタンド照明だけの控えめなあかり。天井から部屋全体を明るくしていたり、蛍光灯の青白いあかりが放たれていたりすることは滅多になく、部屋の大きさや用途に合わせて、ソファやコーヒーテーブルの脇など、コーナーごとに照明が添えられている程度です。しかも、それらすべてが灯されることはなく、読書や食事など、用途に合わせて部分的に、効率的に使われます。100年級の古い家が多く保管されているのと同様に、暖炉も大切に引き継がれていて、冬場、とくにクリスマスなどのホリデーシーズンは薪をくべて、ろうそくと合わせて炎のあかりだけを頼りに夜を過ごすことも。また、暖炉は貴重なエネルギー源のひとつとしても捉えられていて「自然災害や停電にあったときのためにも、暖炉は常に使えるように薪を準備しているんだ」という話もたびたび耳にします。
 全米のグリーンビルディング協会が所管する「環境負荷が少なく、持続可能な建物デザイン」の認証制度「LEED」*を満たしたビルが多いことでも知られるポートランド。地元の建築家たちもあかりと眠りの問題、電力エネルギーに頼り過ぎない設計に積極的に取り組んでいますが、大切なのはとてもシンプルなこと、と言います。「リビングやキッチンは南東に窓を大きくとって自然光をたくさん取り入れられるように。反対に、寝室は朝日が少しさす位置にだけ窓をとったり、窓辺には日陰づくりに植物を並べたり。照明はベッドサイドとクローゼットの中など、最低限にするのが基本です」。

* Leadership in Energy & Environmental Designの略。U.S. Green Building Council(全米グリーンビルディング協会)により、環境に配慮した建物に与えられる認証。ポートランドで過去10年に建てられた建物には、雨水を再利用したトイレや屋上緑化、太陽発電、風力発電の搭載などで、従来の光熱費の10分の1になる成果をあげているものも。
4.5.夕暮れの少し前。家々の窓辺はこんなふうに控えめな明かりだけがともされる。 6.8畳ほどの部屋で、一角にあるこのライトがメイン照明。明るさを調節できるスイッチが取り付けられている。

再生可能エネルギーへの
変遷と取り組み

“再生可能エネルギー”とは、太陽や風、地熱、バイオマス等を源にした自然エネルギー全般のこと。自然の力で「絶えず資源が補填され」「利用する以上の速度で自然に再生される」という点が要です。ポートランドのあるオレゴン州では1979年に原発の製造を禁止、1993年には最後の一基が停止以来、水力発電を主に原発に頼らない政策を推進。2007年には、2025年までに総電力量に占める再生可能エネルギーの割合を25%にまで引き上げることを掲げ、太陽光発電に対する税制の優遇や毎月の電力料金の一部を再生可能エネルギーにまわす対策などがとられています。

アメリカ合衆国  United States of America

人口

3億139万人
(世界3位、2010年、米国国勢局)

面積

約962.8万㎢(日本の約25倍)

首都

ワシントンD.C.

時間帯〈オレゴン州〉

UTC-8(DST=サマータイム:-7)

言語

主に英語(法律上の定めはない)

宗教

主にキリスト教
(信教の自由を憲法で保障)

ポートランドはオレゴン州における最大の都市で、面積は375㎢(横浜市の約8割)、人口は約60万人。1845年に土地の所有者のひとりだったメイン州ポートランドから来たフランシス・ペティグローブがコイン投げによって勝ったことで「ポートランド」と命名された。その肥沃な自然環境から、古くは農業や木材産業が経済の中心だったが、近年ではIT産業(インテル)やスポーツブランド(ナイキ、アディダス)の本社があることでも有名に。市内にある緑の多さも自慢。全米最古の国際バラ試験農園など、市内各地にバラ園が多いことから「バラの街」という公称に。またダウンタウンから徒歩圏内にある、全長13kmを誇る全米最大級の国立公園はハイキングを楽しむ人々に四季を通して人気が高い。

プロフィール

せたか・さきこ ● 新潟県生まれ。学習院大学文学部ドイツ文学科卒業。ライター、編集者。ライフスタイルを中心にした雑誌、書籍を中心に活動してきたのち、2011年よりオレゴン州ポートランドへ。渡米前から気になっていたこの街の「アメリカらしくないふつう」を暮らしながら探っている。NYに住む友人が主宰する「世界中でオルタナティブな生き方を模索、実践している人たち」の暮らしを綴るウェブOmnipresent Journalに、ポートランド特派員として参加している。 http://omnipresentjournal.com/

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