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暮らしのコツ

プネの「朝のひかり」

忙しい朝のはじまり

 高原に位置するプネは、ほかのインドの都市に比べると気候は穏やかとはいえ、夏の最低気温は20〜25℃。日中の気温は年の半分以上、30℃を越える。朝から窓を開け放ち、ほぼ年中必須のシーリングファンを回して、室内の空気を循環させる。ヒンズー教徒はヒンズーの教えにより、家の掃除と身を清める行水が朝の決まり。光や火は一日の命の源、水は体を清める意味合いがある。一般的に体を洗うのも朝で、宗教と実用の理由から沐浴を済ませると、ごひいきの神様を祭った神棚に明かりを点し、水を入れた杯を捧げて太陽に向かってマントラを唱え、誕生日や祭日には玄関先に色粉で幸せを招くランゴーリと呼ばれる飾りを描く。日中の焼けるような日差しに心して向かうよう、歩道はきれいに掃き清められ、ガネーシャ神にともされる灯とお線香が香り、女性たちは油にともされた灯を夫にくるくると回しかけ、きょう一日、光が共にあることを祈り、ビンディを額に印して送り出す。ただ最近は、忙しさもあって、こうした儀式を行わなくなってもきている。
 共働きが増えてはきているものの、約70%の家庭で男性が稼ぎ頭。女性はその働きを支えている。女性たちは朝から忙しい。5時半頃には起きて、ダッバーと呼ばれるお弁当の用意と同時に朝食を料理する。夫と子供たちが沐浴、身支度を整えて、チャイと共に朝ごはんを終えると、子供たちは教材を詰めた大きなリュックサックを引きずりながら、スクールバスや乗り合いのリキシャと呼ばれる三輪車で学校へ向かう。女性たちは仕事を持つ人も含めて、この後もモップがけや洗い物、アイロンがけなど家事を続けたりする。
 暑くならない朝は健康のために軽いウォーキングで体を動かしたり、ヨガをする人もいるようだ。ヨガは中流以上の家庭で行われている。最近は警備をつけた高層団地のブームで、芝生の中庭とクラブハウスが必ずあり、朝はそこでマットを敷いてヨガをする人がちらほら見かけられる。

1.プネ郊外、水を汲んで洗い物をする女性たち。 2.家庭でもオフィスでも換気にはシーリングファンが一般的に使われている。暑がりのプネの人々のため、いつも最大の風力で回っている。 3.ランゴーリはヒンズー教徒の朝の儀式のひとつ。玄関口を飾っていると幸福がやってくるという。 4.母親に連れられて学校へ通う女の子。

できる限り日陰で過ごす

 企業戦士や学生たちの移動手段は、四輪車が増え始めているとはいえ、IT企業や自動車会社に勤める人などは企業が用意する乗り合いバスやバンに乗っていく。自転車天国であったプネ、現在では原付二輪の多さが有名である*。女性たちも臆せず、強い日差しと大気汚染に負けないように、目以外の顔と首元を大判のスカーフで包んだりパーカーで隠して二輪車にまたがる。交通ルールもなんのその。バスや自動車の間を蛇のようにくねくねと交わしながら目的地に向かう。ほかの都市では見かけない覆面女性バイカーは、プネの名物だ。発展目覚ましいインドにあっても、プネの道路では比較的、街路樹が守られている。信号機や標識が少々見にくいほど道にはみ出ていてもそのまま。店先や道の木々は、日本でいう井戸端のように、日中、日陰を求めて人が集まる場所として敬意を払われている。家や店先の木に、陰を作ってくれるお礼として、一日の始まりにマリーゴールドをお供えする人も多く見られる。
 ITが大きな産業のひとつだが、米国の委託企業でない限り、基本的には1時間の昼休みを含む9時間労働である。仕事が始まる前、熱くて甘いチャイを片手に、どんなにサービス残業が続いていても「Su Prabhat!(良い朝を)」と笑顔で願い合う。「自分は元気で幸せにやっている」と心に誓うことが、難しいインドの一日をうまく過ごしていく秘訣なのだ。オフィスや店では、シーリングファンか空調がつけられ、窓には日差しを防ぐUVシールが張られている。出来る限り日中は室内や陰で過ごすのが、プネの人々の朝のひかりと陰との付き合い方だ。

* 2013年の調べでは、プネの家庭のうち48.8%が二輪車を持っているという。
5.プネは二輪車が多い都市。暑いせいもありヘルメットを着用しない人も多い。男性も美容と埃対策のためスカーフを巻く場合がある。 6.プネ名物の女性バイカー。日差しと埃を避け上着、手袋、スカーフで顔と首を覆う。 7.木は陰を生み出してくれる大切な存在。大木は守り神として敬意をもって扱われる。 8.陰を作るということと、ヒンズー教では植物を切ることがタブーなので、街路樹も出来る限り大きなまま保たれている。

アーユルヴェーダに基づく朝食

アーユルヴェーダというインド古来の医術では、朝は決して冷たいものを口にしてはいけないと言われる。風邪をひいているときはなおさらだ。温かいもののほうが「体に火を入れる」という意味で、体に良いとされている。現在では西洋的なトーストやコーンフレーク、ヨーグルトも食卓に取り入れられるようにはなってきたが、アーユルヴェーダ医術の伝統から、塩味の温かな食事が今も主流。ポハ、ドーサ、イドリ、サンバルなど、そこまでスパイスも強くない味の優しい南インドのメニューが家庭の朝食として好まれている。

朝食に好んで食べられているドーサ(コメ粉を鉄板で薄く焼き、ポテトカレーを巻いたもの)

DATA
インド共和国 Republic of India

人口

約12億1000万人
(2011年国勢調査(暫定値)、世界2位)

面積

約328万7000㎢(パキスタン、中国との係争地を含む)

首都

ニューデリー

宗教

ヒンドゥー教徒80.5%、イスラム教徒13.4%、
キリスト教徒2.3%、シク教徒1.9%、仏教徒0.8%、
ジャイナ教徒0.4%(2001年国勢調査)

言語

ヒンディー語

時間帯

UTC + 5 : 30

マハラシュトラ州プネ市は港湾商業都市ムンバイから南東へ車で5時間ほど向かった先、デカン高原の上に広がる学術都市。バンガロールに並びインドのIT産業、自動車産業の中心。かつての司祭階級が最初に定住し始めたこともあり、教育機関、政府の研究機関などが多く集まり、「東のオックスフォード」と言われる。産業の発展も手伝って一人当たりの収入がインドで6位。インド全体の不調がささやかれるなか、人口の約55%が第三次産業、約49%が第二次産業に関わり、めざましい成長を遂げている。

プロフィール

とみた・みずほ ● デザイン・プランナー。東京都出身。早稲田大学卒業。日産関連のカーデザインスタジオ勤務を経て、デザインスタジオBEESTUDIO PVT.LTD で企画担当に。スイスに1年、イタリアのトリノに5年ほど在住。2011年、古くから自動車産業の拠点のあるプネにスタジオ支所を設立。OEMで活躍するいっぽう、プネの大学でカーデザインに特化した企画や戦略メソッドの非常勤講師を行う。http://www.beestudio.it/

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