50’S RESEARCH PROJECT

疑問 QUESTION



いつやる? どうやる?50代からの「人生の見直し」。

50研では、全国の20〜70代、1000名に対して50代の生き方や住まい方に関する調査を実施。今回はその中の「50代の人生の見直し」についての調査結果を取り上げ、考察します。子育てやキャリアに区切りがつき、それまでの生き方とは別の可能性を考え始める人も多い50代。人生を見直すことについて、どのように感じているのでしょうか。

研究

SCROLL

調査結果 RESULT

必要だとわかっていても、
実際に見直すのは難しい。

(グラフ)「人生100年時代」の後半戦を迎えるにあたり人生を見直す機会が重要だと思うか(n=208)

  • とてもそう思う
  • ややそう思う
  • どちらとも言えない
  • あまりそう思わない
  • 全くそう思わない

(グラフ)50代で人生を見直す機会を作れたか(n=208)

  • 十分な機会を作ることができた
  • 機会は作れたが、十分ではなかった
  • 人生は見直したいと思ったが、機会は作れなかった
  • 人生を見直したいと思わず、機会も作らなかった

調査結果からわかったのは、なんと8割もの人が「人生を見直す機会が大切だ」と考えているということ。しかし、これまでに「見直すきっかけをつくれたか」という質問にYESと答えたのは、たった2割。必要性は感じていても、簡単にできるものではないようです。確かにいきなり「人生を見直そう」と思っても、かなり大きなテーマ。何をどう見直せばいいのかわからない、そもそも忙しくてそんな余裕はない……なんて人が多いのかもしれません。

※出典:「50代の実態に関する調査」(2024年5月/旭化成ホームズ)

考察 ANALYSIS

50代で新しい道を
歩むあの人は、
人生をどう見つめて
きたのだろう。

  • MIKA HORII

    AGE 52

「人生の見直し」に課題に感じる50代が多い一方で、50代から新しい生き方やキャリアを踏み出す人もいます。
50研が真っ先に思い浮かべたのは、フリーアナウンサーの堀井美香さん。2022年に50歳でTBSを退社し、現在はフリーランスとしてナレーションやMC、朗読会、執筆活動などさまざまな「声と言葉で伝える仕事」を展開されています。それまでのイメージや殻を打ち破り、大胆かつしなやかに活躍する堀井さんなら、きっと「人生の見直し」のヒントになるお話を聞かせてくれるのでは——。若葉が鮮やかに輝く5月のある日、TBS本社からほど近い赤坂某所に堀井さんを訪ねました。

50’S PEOPLE

堀井美香さん MIKA HORII

52歳

1972年、秋田県生まれ。大学卒業後TBSに入社し、アナウンサーとして27年間務めたのち、2022年3月に退社してフリーランスに。数々のTV番組やCMでナレーションを担当する他、ポッドキャスト番組『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』は幅広い世代から圧倒的な支持を集める。ライフワークとして朗読会を継続しており、地方での子ども向け読書会なども開催している。著書に『一旦、退社。50歳からの独立日記』(大和書房)、『聴きポジのススメ 会話のプロが教える聴く技術』(徳間書店)など。

赤坂の小さな坂道でカメラを向けられると、花柄のワンピースの裾をふわふわと揺らし、白いレースのハイヒールで軽やかにポーズをとった。初夏の風になびかれて、ふっと気の抜けた笑みをもらす。

「この年齢になって、自分がこんな華やかなワンピースを着ているとは思いませんでした」

堀井美香、52歳。生き方が多様化する時代において、年齢で人や物事を判断するのはナンセンスだとわかりつつ、それでも50歳を機にキー局から独立した堀井さんに聞かずにはいられない。慣れ親しんだ環境も安定したキャリアもありながら、なぜそのタイミングで軽やかに独立へと踏み切れたのか。

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変化に向けて余裕が見えたのが、
たまたま50歳だった。

「子どもが成長して家を出て、自分の属性から“母”や“妻”といった部分が薄れていったとき、選択肢としていろんな方向が見えてきたんです。それまでも就職や結婚、出産などターニングポイントはありましたし、人生に対してこれでいいのかと考えることももちろんありました。でもその都度その都度ハードルを越えることに一生懸命で。いろんなタイミングが重なって、環境を変えてみようと思える余裕が出たのが、たまたま私は50歳だったんです」

25歳で出産した堀井さんにとって、20代から30代は子育てが最優先だった。育児が落ち着いた40代からは仕事に邁進し、局のトップアナウンサーとして表に出る以外にも、管理職として後輩アナウンサーの育成やマネジメント、人事の仕事も掛け持った。

人生の捉え方に対し、変化が生まれたのはその頃からだ。それまでは子どもの成長や会社の昇格に合わせ、3年後、5年後、10年後の未来が想像しやすかった。しかしその未来計画図に、もう子どもの成長という軸はない。周囲に目を向けると、親しくしていた先輩や知り合いの中には、50代から新しいことを始める人がたくさんいた。これまでの計画建てられた未来を超えた未来が、そこに見え始めていた。

ある時、たまたま家族からすすめられ、ヘミングウェイの『老人と海』を読んだ。年老いた漁師がひとり小船に乗り沖へ出て、カジキマグロと格闘するそのさまに、なぜか会社を離れ海原を進む自分を重ね合わせた。程なくして、堀井さんはTBSを退社。だから独立して新たな挑戦を始めることを、堀井さんは「沖へ出る」と表現する。

「会社を出てみようと思い立ってから決断するまではほんの数日でした。もちろん最初は、これまで築いてきた信頼や人脈から切り離されて、仕事がどんどんなくなるのではと不安に思うこともありました。でも周囲の、それこそすでに“沖に出た”先輩たちが、みんな口を揃えて『大丈夫、なんとかなる』って言うんです。それで実際に沖へ出てみると、あ、本当にみんなの言った通りだな、と」

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一旦すべてを受け止めてから、
心地良いものだけを選び取る。

周囲の人たちの生き方や助言を、堀井さんは素直に受け入れる人だ。人生の先輩に限らず、友人や後輩など、立場や年齢も分け隔てなく参考にしながら歩んでいる。
「自分にそんなに自信があるわけではないので、人が私に対して抱くイメージや導いてくれる方向を意固地にならず受け入れられるんです」と本人は語るが、人前に出る職業柄、とはいえ解せないことや受け入れがたいことだって、いろいろと言われたのではないだろうか。

「それはもう、完全に好きな人の話しか吸収していないですね(笑)。もちろん、どんな相手の話も一旦は受け止め考えます。でも結果的に吸収するのは、自分が好きな人たちのアドバイスが多い。そのあたりは、自分でも上手く整理しているなって思います」

笑顔の奥にある迷いのない線引きに、堀井さんのしなやかさの秘密があるように思えた。風が吹けば揺れ、波が来たら流され、一見受け身のように思えるが、実は自分の人生に必要なものだけをちゃんと自分で選び取っているのだ。

そうした堀井さんなりの“軸”は、住まいにも表れている。結婚してから今まで、堀井さんはTBSがある赤坂から通勤1時間の東京都町田市に住み続けている。昔ながらのご近所づきあいが残る、住宅地の庭付き一軒家だ。利便性を考え、一度は都心に居を移そうと考えたこともある。少しの間、高層マンションに住んでみたこともあるが、すぐに「土がないとだめだ」と気づき迷わず町田へ戻った。電車に揺られる1時間の通勤時間も、アナウンサーと母の役目を切り替えつつ自分に戻る、貴重な時間になっていたという。

その町田の自宅は、子どもの独立後、「住まいにも余裕を持たせてすっきり暮らしたい」という夫婦の思いから物がどんどん減らされた。今残っているのは、それにまつわる思い出や買った理由を語ることができる物ばかり。好きで思い入れがあるかどうかを選択軸に、持ち物をすべて見直していった。

「かつては例えば爪切り一つとっても、家に5個くらいあったんです。なぜなら忙しかったから。いちいち探す暇がなく、すぐに安いものを買ったりしていて……。でも一つずつ整理していきました。今は思い入れのあるものしか残っていませんし、すごく暮らしやすいです。将来は別の場所に移るのか、二拠点生活をしてみるのか。夫もいろいろと思い描いているので、住む場所に関してはこれからもっと遊んでいきたいですね」

すっきりと片付け、住まいにゆとりが生まれると、不思議と次の住まいへの夢が湧いてくる。一旦整理したほうがかえって制約から解放されるのは、住まいも人生も同じかもしれない。

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自分の「声」に耳を向ければ、
積み重ねた人生が見えてくる。

軸といえば、堀井さんを語るうえで「朗読」を外すことはできない。現在、自身が企画する朗読会「yomibasho PROJECT」をライフワークに、劇場での朗読公演や地方図書館などでの子供向け読書会をコンスタントに開催している。本人曰く「地味」で「ダサい」イメージを持たれがちな朗読だが(そんなことはない)、チケットは完売するほどの人気だ。
朗読に取り組み始めたのは20代後半のこと。これもやはり、好きなものを選択した結果なのかと思えば、どうやらそうではないらしい。

「朗読に関しては好きという気持ちが先行したわけでなく、時間と労力を重ねて得意にして、それから好きになった感じです。当時、尊敬する大先輩方はみなさん誰にも負けないスキルをお持ちでした。いつか自分のスキルを問われるときがきっと来ると、早々から思っていて。だから、自分を支えてくれるものとして「朗読」に向き合い始めました。その先輩方を前にして、たった5年や10年で『朗読をやっている』なんて口が裂けても言えませんから、早いタイミングで始めたことはよかったです」

堀井さんの著書『一旦、退社。50歳からの独立日記』の中に、朗読について印象的な文章がある。朗読を始めたばかりの頃、一流の読み手たちの朗読テープやCDを聞きつぶし、その声色の多様さ、深さに圧倒されたときの回想だ。

何が足りないのか。
生きてきた時間。
過去の自分、今の自分。
完全に模倣をし、録音しても、流れてくる自分の声には何の厚みもなかった。


「声」はときに、その人の生き様を響かせる。それまで無自覚だった自分の過去や経験が、唯一無二である声を聴くことで見えてくることがある。朗読をし、その声を自分自身で聞き返す。それを20年以上続けてきた堀井さんは、もしかしたら誰よりも真摯に、そしてごまかすことなく、自分の人生を見つめてきた人なのかもしれない。

最後に、「人生の見直し」に対する堀井さんの考えを聞いた。

「人生の見直しって、0からリセットすることではきっとないと思いますよね。私たちの世代になると、生きてきた何十年かの自分の層があるし、価値観もあるので。だから見直して全部変えるというよりも、環境や暮らし、衣食住のどこかをちょっと変化させる。たぶんそれは年齢に関わらず、死ぬまでやり続けられるのかと思います」


「見直しとはリセットではない」と語る堀井美香さんのお話からは、具体的な“人生の見直し方法”につながるたくさんのヒントが見えてきた。

●人生の見直しは、何歳だってできる
●自分が好きな人、心地よくいられる人の声を柔軟に受け入れる
●思い入れのあるものを大切にして、自分の軸を持ち続ける
●そして何より、自分自身の声を聴く

最後の「自分の声を聴く」は、何も堀井さんのように朗読をするということではない。例えば暮らしに少し余裕が出たときに、何でもいいから自分のやりたいこと・やらなくてはと思っていることを書き出してみる。庭木の手入れをするとか、気になっていた場所に行ってみるとか、日常のささやかな望みでいい。書き出したその項目には、自分の好きなことや大切にしたいこと、人生の層の断片が、きっと隠れているだろう。
そして書き出したら、迷わずにとにかくやってみる。いきなり沖まで出なくても、ちょっと水に足をつけてみるだけで見える景色は変わるかもしれない。

不安になっても、きっと大丈夫。これまでの人生で積み重ねてきたものが、きっと私たちを支えてくれるから。

堀井さんの生き方は、人生の見直しに迷う私たちに、そんなエールを送ってくれているようだ。

撮影/キムアルム
取材・文/近藤智子(GRAB & TYPE)
撮影協力/炭火焙煎珈琲 薔薇

50研考 SUMMARY

50歳を見つめる先の、住まいの考え方

自分らしさと柔軟性を持って、
生き方を見つめ直す

50歳で新しい道を踏み出した堀井さんの生き方からは、「変化を受け入れる柔軟性」と「自分らしい選択をする軸」を感じとることができます。思い入れのある物を残して自分の持ち物を整理されたお話もそれを象徴するエピソード。「人生を見直す」というと少し勇気が要りますが、まずは身の回りの物を少しずつ整理してみると、自分らしく暮らせる余白が住まいに生まれるように感じます。

河合慎一郎
旭化成ホームズ株式会社くらしノベーション研究所・ LONGLIFE研究所所長。1996年入社。入社後、約450棟の建築設計を担当。現在は生活者視点からみた長期居住に関する考え方や暮らし方を伝える活動を行っている。

余白の在る家 RATIUSRD

50代が新しい人生を描くための、「間」を設ける

余白の在る家の特徴は、「シェルウォール」という一枚の壁から生まれる、外でも内でもない「間」。
プライバシーを守りながら光や緑を感じる空間を、住まい手が思いのままに使いこなすことができます。50歳を見つめる先にたどり着いた、自分時間と家族時間を柔軟に楽しめる住まいです。

50研分室

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独自調査で見えた結果を考察します。