挽きたてのコーヒー豆をドリッパーにセットしたペーパーフィルターに入れ、しっかり蒸らしてから細口のケトルで丁寧に淹れる——。近年は自宅でコーヒーを愉しむ人も増えているが、実はこのハンドドリップの文化を日本に根づかせた企業こそ、日本で唯一のコーヒー器具専門メーカーのカリタだ。常務取締役の石田さんが語る、その歩みと「コーヒーが暮らしにもたらしているもの」から、カリタらしいLONGLIFEのあり方が見えてきた。
「おいしいコーヒーを、家庭で手軽に飲めるように。——カリタの核にあるこの思いは、創業者・糸満盛京(いとみつ・もりきょう)の情熱が生んだ創業理念です」。
石田さんはペーパーフィルターを手にとりながら、その歩みを語ってくれた。
「糸満は、学生時代の大親友がコーヒー豆問屋の老舗に入ったことを機に、コーヒー豆の輸入商社に入社しました。しかし、間もなく会社が倒産。コーヒー豆の輸入で親友に貢献するつもりが、かなわなくなってしまったため、コーヒー豆の拡販に目を向けます」。
知恵を絞った結果、「豆を売るにはコーヒーを淹れるための器具が欠かせない」という結論に行き着いた糸満。こうして、コーヒー器具メーカーとしてのカリタが産声をあげたという。
「当時の主流は、ろ布(ろ過するための布)を使用して寸胴で一気にコーヒーを抽出、注文が入ると寸胴からすくって再加熱し提供するスタイルでした」。
ろ布を使うネルドリップ式は、一杯ずつ淹れるのがむずかしい。一方で、一杯ずつ淹れられる輸入器具では、日本人の口に合うスッキリした飲み口を実現できなかった。そこでネルドリップのような味と手軽さを兼ね備えた器具を作ろうと、試行錯誤の末「三つ穴ドリッパー」、そしてペーパーフィルターを開発した。
「こうして開発された2つの製品は、いまもカリタの根幹となっています」。
「こうして簡単においしいコーヒーを淹れられるようになったことで、昭和40年ごろから急速に喫茶店文化が広まっていきました。当時、喫茶店で使われる国産のコーヒー器具のシェアは、カリタがほぼ100%だったんです」。
ドリップコーヒーを淹れる時間を楽しむカルチャーは、カリタの貢献もあって広まっていった。そして次第に、「自宅でもお店のようなコーヒーを飲みたい」というニーズが生まれていく。1000年を超えると言われるコーヒーの歴史が、日本の街に、そして人々の生活に受け継がれることになったのだ。
とはいえ、急須で淹れる煎茶文化が根づいた日本。ハンドドリップでコーヒーを淹れる光景 が人々の生活に浸透したのは、あるドラマの影響もあったという。
「北海道の喫茶店が舞台のドラマで、手挽きしたコーヒー豆を一杯ずつていねいに淹れる姿が印象的に描かれていました。このあたたかな時間は、多くの人に注目されたようです。目の前のコーヒー1杯とじっくり向き合う『ゆとりの時間』が、せわしなく生きる現代人の心を揺さぶったのかもしれません」。
カリタでは「『ちょっといい時間、ちょうどいい時間。』をすべての人に」という言葉を掲げている。自分の手でコーヒーを淹れることで、暮らしの中に豊かな時間を持ってほしいという願いが込められているそうだ。
「感触を楽しみながら豆を挽く時間も、静かにお湯を注ぐ時間も、たゆたう湯気の香りを吸い込む時間も。すべての瞬間が、自分でコーヒーを淹れる醍醐味です。自宅でリラックスしながらコーヒーと向き合う時間には、癒しの力があると感じています」。
では、ハンドドリップするときの注意点や、おすすめの淹れ方は? ——そう問うと石田さんは笑いながら「ありません」とゆっくり首を振った。
「コーヒーは嗜好品ですから、お客さまにはそれぞれ好きに楽しんでいただきたいんです。じつはカリタの器具も、ときどきこちらが想定していないような使い方をしていただくことがあるんですよ。驚きつつも、かたちにとらわれずにコーヒーの時間を愉しんでくださっているんだなと、かえってうれしくなります。生活を愉しもうと自分なりの工夫をこらすことが、『暮らしの豊かさ』なのかもしれません」。
それぞれの人に、それぞれの生活の中で、それぞれのドリップコーヒーを楽しんでほしい。そんな思いでつくられたカリタの製品はプロからも一般家庭からも長く愛されており、30年前の器具が修理に届くこともある。
「カリタの製品は『職人技』のたまものです。職人さんたちがプライドを持って、きっちりと仕事をしてくださる。だからとても丈夫なんですよ。たとえばお子さんがまだ小さいときにコーヒーミルを購入し、十数年後、その子が淹れてくれたコーヒーを一緒に愉しむ……ということも珍しくないわけです」。
また、キッチンに出しっぱなしにしておきたくなるデザインもカリタの魅力だ。2020年に発売された電気ケトルは、グッドデザイン賞も受賞している。しかし石田さんによると、「デザインファーストのものづくりではない」そう。
「ありがたいことにデザインも高く評価していただいていますが、私たちは機能性が第一だと考えています。細部のつくり込みにはこだわりつつ、もっとも大切なのは使い勝手とおいしさ。そんなシンプルな考え方が、飽きずに長く使っていただけるデザインにつながっているのではないでしょうか」。
創業から60年超。カリタは日本の街に、家庭に、コーヒー文化を定着させてきた。地方の伝統工芸や企業とのコラボなど挑戦も数多く、歩みを止めない姿勢も印象的だ。そんなカリタは次の数十年、何を見据えているのだろうか。
「あらためて、『原点回帰』です。カリタは『だれでも、どこでもおいしいコーヒーを淹れられるようにしたい』という思いから始まりました。これからも、製品を通してみなさんの暮らしに豊かな時間を届けていきたいですね」。
コーヒー文化に対する、変わらぬ情熱。この強い思いを持ち続けるかぎり、カリタは人々の暮らしに寄り添い続けるのだろう。
カリタ : https://www.kalita.co.jp/
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