表参道にたたずむ築70年超の古民家でレストラン「eatrip」を営む、野村友里さん。商業施設内に展開するグロサリーショップ「eatrip soil」では自らの畑をも拓き、都会の真ん中で野菜やハーブを育てている。食に関する映画の撮影や本の執筆、イベントの開催などさまざまなフィールドで活躍し、「食」や「料理」の本質を発信しつづける野村さん。彼女にとって、「LONGLIFE」とはどのような意味を持つのだろうか。
食を軸に、多岐にわたる活動をされている野村友里さん。母がおもてなし教室を開いていたこともあり、とにかく人が集まる家に育ったという。
「父の同僚や先輩、子どもの友だちや恋人……母は、お客さんによって料理や器、空間のテイストまでがらりと変えるんです。そうするとみんなすごく喜んで、『また来たい』って言ってくれて」。
食を中心に人が集い、交わり、つながる——これが野村さんの原体験と言えるだろう。
その後、母と同じ食の道へと進んだ彼女は30代半ばで渡米し、オーガニックレストランの草分け的存在である「シェ・パニーズ」の厨房へ。そこでの学びがいまの彼女のベースになっている。
「シェ・パニーズ」の40周年を記念して出版された書籍
「扱う野菜のかたちが、笑っちゃうくらい自由なんです。有機だから虫もくっついてるし、香りも強くてエネルギーに満ちている。シェ・パニーズからはたくさんの刺激をもらったけれど、まずはその気持ちよさに魅せられましたね。『生きてる!』って」。
生家やレストランでの経験などを糧にしながら、現在は東京をベースに忙しく働く野村さん。食生活が乱れることもある彼女の暮らしを支えているのが、「土地のエネルギーを感じる食事」だ。豊かな食材を求めて日本全国を回る中で、地域の大切さに意識が向くようになったという。
「いくらひとりの生産者さんががんばっても、隣の畑で農薬を使っていたら意味がないから。土地全体でいい農作物をつくっている場所って、そこに立つだけでとにかく気持ちがいい。そのすばらしいエネルギーをたっぷりといただくんです」。
そんな土地でつくられた食材でつくれば、シンプルな食事——たとえばお味噌汁と白米だけでも充分なごちそうになるという。食うに困らない現代だからこそ、ほんとうにおいしい味噌汁一杯、白米一杯が暮らしと自分自身を整えてくれるのだ。
「満たされる食事と、ただお腹がいっぱいになるだけの食事は違います。1日1食でも、土地のエネルギーを感じる食事を取ると身体も心もおどろくほど満たされる。『幸せだ』って実感できるんです。すべきことに追われる日々の中でも、意識してそういう食事を取っていただきたいですね」。
食の道をひた走ってきた野村さんが愛用しているのは、古道具の食器棚。レストラン「eatrip」にも、長い時間の経過を感じる器や道具が並んでいる。野村さんにとって大切な場所であるキッチンで扱うアイテムにあえてユーズド品を選ぶということは、古いものが好きなのだろうか。尋ねると、やわらかく首を振った。
「そういうわけではないんです。古くても新しくても、自分の感情が動くかどうかがものを選ぶ基準。逆に、『便利かどうか』はあまり信用していないかな。便利なものは、いつか便利じゃなくなってしまう気がして」。
野村さんは青々としたハーブの香りが立ち上がる器を両手で優しく包み、「私、『生き延びていくもの』がいいなと思っていて」とつづけた。
「椅子もお皿も宝石も、いまはたまたま私の手元にあるだけ。だからいつかまた、違う人のもとでスポットライトを浴びてくれたらうれしいなって。たとえば、この湯飲みもいつか誰かにプレゼントしたいと思えるくらい好きなものです。そういう、長く大切にしたいと思えるものを暮らしに迎えていきたいと思っています」。
野村さんには、「好きなもの」と同じように未来に残したいものがある。それが、「食べる楽しみ」の本質。そして、ほんとうの意味での「料理の楽しさ」も、伝えたいことのひとつだという。アメリカの作家、マイケル・ポーランの「人間は料理をやめてはいけない。なぜなら進化が止まるから」という言葉を引きながら、野村さんは次のように語る。
「料理には学びが詰まっています。火や刃は本質的に危ないものだし、目の前でと殺された牛を食べるときは複雑な気持ちになるでしょう。ああ、これから『いのち』をいただくんだなってイヤでも実感するから。それに同じ『腐る』でも、危ないものもあれば発酵したものもある。ただ出されたものを食べるのではなく、プロセスを堪能してほしいんです」。
そんな彼女の思いの種は、少しずつ芽を出しはじめている。10年前、鹿の解体や鴨の毛むしりをイベントで行なった際に、小さな子ども参加していた。その子が18歳になったとき、「あのときの人が開いたレストランに行きたい」と父親と来てくれたという。
「ああ、残るんだなって実感しました。私が死んだ後も、eatripで食事した人や活動を通して出会った人につながっていくんだって」。
母から受けとった「食」というバトンを、次の世代へつないでいく。まるで一本道をまっすぐに歩んでいるように見えるが、そう伝えると野村さんは「いえいえ」と笑った。
「自分では、思っていたところとは違う場所に来たなって感覚です。でも、ターニングポイントのたびに心の声に従って、自分にとって心地いい方を選択しつづけた結果だからいいかって。川だって蛇行して流れていきますしね」。
大河のように、自由に大らかに生きる野村さん。LONGLIFEについてどう考えているか聞くと、人生のスパンの捉え方を教えてくれた。
「人生100年時代っていうけれど、私は1人ではなく3世代で100年くらいに考えているんです。100年ずつパキッと分かれるのではなく、先の世代から少しずつ影響をいただきながら、グラデーションでつながっていく。私の時代はどこにつながるのかなって考えることで、なんとなく気が楽になります」。
食材。料理。思い。価値観。経験。もの。——「残ってきたもの」を受け止め、いくばくかの影響を受ける。その影響をヒントにしながら、心の声に従って選択する。回り道をしながら、未来に何かを残していく。
こうしたつながりの連鎖こそが、野村さんのLONGLIFEのあり方と言えるだろう。
料理人。「eatrip」主宰。主な活動にケータリングの演出、料理教室、雑誌の連載、ラジオのパーソナリティなど。2009年、初の監督作品『eatrip』を公開、世界5カ国で上映。2010年ごろより、アメリカ・バークレーで1971年から続くレストラン「シェ・パニース」と親交を持つようになり、2012年、東京・原宿に「restaurant eatrip」を、2019年には表参道に「eatrip soil」をオープン。
eatrip : https://restaurant-eatrip.com/
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