世界各地の優れた庭園デザインを表彰する英国のガーデンデザイナーズ協会賞において “21世紀最良のガーデンデザイン例”と評された「十勝千年の森」。東京ドーム85個分に及ぶ広さ約400haの広大な庭は、わずか数名のガーデナーチームによって管理されているという。チームを率いるヘッドガーデナーの新谷みどりさんと、アシスタントヘッドガーデナーの笹川慎太郎さんに、植物との付き合い方について話を伺った。
「大量の紙を消費する新聞社として、自然環境に何か還元できることはないだろうか」
環境問題に多くの企業が目を向けはじめる少し前、創設者である十勝毎日新聞社の林光繁さん(現・顧問)はカーボンオフセット(※)を実現するために土地を求め、植樹をして森を育てる決意をする。
※事業活動で排出される温室効果ガスに見合った削減活動をおこなうことで、排出量を相殺すること
購入したのは日高山脈を望む広大な土地。この豊かな自然を人々と共有し、1000年後に伝えるために、縁あって交流していたランドスケープアーキテクトの高野文彰氏の協力のもと、1996年に「十勝千年の森プロジェクト」は動き出した。2000年にはガーデンデザイナーのダン・ピアソン氏が加わった。
荒れた森を耕して、地勢や植生の調査をおこない、ようやく設計が形になったのは2006年頃のこと。2008年に参加した新谷さんにとって、十勝千年の森との出会いは運命的だったという。
「庭や植物に関連する仕事はたくさんありますが、私が目指していたのは誰もが気軽に訪れる公開型庭園のガーデナーとして日々植物や土に触れることでした。ダンや高野さんの思想や十勝の雄大な自然だからこそできるガーデンデザインに共感して、ここなら思い描いていた庭づくりが実現できると思ったんです。なんだか自分はここに呼ばれている気がしました」。
2016年に加わった笹川さんも、十勝千年の森に魅せられた一人だ。
「とある雑誌で知って実際に訪れたのですが、感動という言葉では表現しきれない風景だったんです。もともと花に興味があって東京の花屋に勤めていましたが、縁あってすぐに移住を決意しました」。
訪れた人を虜にする十勝千年の森。その秘密はどこにあるのだろう。
コンセプトの異なる5つのエリアで構成される十勝千年の森。なかでも“草原”を意味するメドウガーデンは、日本で初めて「ナチュラリスティック・プランティング・デザイン」という手法を採用した庭だ。
「宿根草を使った自然植生にならった作り方で、1990年代にオランダやイギリスを中心に発展してきました。背景にあったのは、“鑑賞園芸からの自然回帰”という考え。環境に負荷をかけて花を愛でるのではなく、その土地の環境に合ったさまざまな植物の個性を生かす庭づくりです」。
たとえば気候が変わって環境に植物が合わなくなってきたら、無理に引き留めることをしない。特定の種に固執せず、環境に合った新しい植物との出会いを楽しみながら、自然に寄り添っていく。そんなナチュラリスティック・プランティング・デザインを実践していく上で大切となるのが、植物との付き合い方だ。
「僕がここに来て感銘を受けたのは、ダンと新谷がメドウガーデンの管理の仕方について話しているなかで出た、マニピュレーティングという言葉です。人間が作りたい風景を作ってそこに植物を従わせるのではなく、自分たちが作りたい風景に植物を導いていこうというもの。あくまで植物が主体で、人はほんの少し手を加えるだけ、という考えは、メドウガーデンだけでなく園内の他の庭づくりにも生かされていると思います」。
ガーデニングとマニピュレーティングの二つの間を行き来するように、同園では植物の状態を見て必要最低限の手入れをしている。適度な距離を保った植物との関係が、訪れる人を魅了する美しさにつながっているのだろう。
古来の伝統文化や風習を庭づくりに取り入れる点も、十勝千年の森ならではだ。
「たとえば、夏至の頃をあらわす七十二候に『菖蒲華(あやめはなさく)』とありますが、例年ちょうどその時期にあやめが花を咲かせていました。けれど今年は1カ月ほど咲くのが早かったんです。暦に照らし合わせることで環境の変化を把握して、次の庭づくりに生かしています」。
夏には江戸風鈴を飾って涼を呼び、訪れる人に心地よさを感じてもらったり、秋には紅葉や落ち葉を楽しんでもらったり。季節ならではの装いも人気だ。
「世界的なガーデンデザイナーであるダンの設計を形にするだけでなく、日本の伝統と現代庭園を組み合わせた庭づくりをすることで、その魅力を海外にも発信したいと思ったんです。日本ならではの季節の変化を楽しんでもらえたら嬉しいですね」。
季節や伝統文化との関係もさることながら、暮らしとの結びつきも深い植物。自宅で過ごす時間が増え、植物を育てる人も増えてきたが、植物と上手に付き合うコツはあるのだろうか。日々植物と関わるお二人に聞くと、規模が変わっても大切なことは変わらないという。
「まずは自分がどんな植物が好きなのかを知ることが大切だと思います。『いいな』と感じる植物との出会いを重ねることで、理想の庭や空間のイメージは自然と膨らんでくるはず。自分と植物だけの世界を心の中に作れたら、世界はガラッと変わります」。
一方で、植物はコミュニケーションの種にもなる。
「たとえば『今日水あげた?』とか『花が咲いたね』など、植物を介して生まれる会話もあると思います。離れて暮らす家族や友人に種や植物を送ることで生まれるコミュニケーションもあります。植物は人を癒してくれるだけでなく、人との良い関係性も育んでくれるんです」。
人との関係を取り持ってくれる植物だが、植物自体とのコミュニケーションは難しい。ときには失敗することもあるという。それでも植物と付き合い続ける二人が考える、LONGLIFEとは何だろうか。
「思い通りにならないことで、悔しい思いをすることもあります。それでも理想の景色を作りたいと思うのは、美しい景色に出会ったときの喜びを知ってしまったからですね」と、笹川さん。景色を思い返しているのか、その表情には笑みが浮かんでいる。
新谷さんも考えは一緒だ。
「思い通りにならないことが、庭づくりの面白いところだと思います。でも、自然の世界には、その瞬間にしか出会えない景色がある。一瞬の幸せを刹那的に捉えるのではなく、自分の中に積み重ねていくこと。LONGLIFEはその瞬間を積み重ねていく“過程”なのかもしれませんね」。
幸せな瞬間を積み重ねる。二人が魅せられた景色を1000年先に伝えるために、十勝千年の森はこれからも、少しずつ形を変えながら、美しい瞬間を生み出し続けていくのだろう。
十勝千年の森:http://www.tmf.jp/
撮影:野呂希一
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