シェフやソムリエ、スタイリストなど、審美眼のあるプロに選ばれるガラスメーカーとして知られる木村硝子店。ニューヨーク近代美術館(MoMA)のパーマネントコレクションでもある「クランプル オールド」や、グッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞した「薄底磨」シリーズ、江戸切子の技術を生かした「木勝」シリーズなど、そのデザイン性の高さは折り紙付きだ。長きにわたり木村硝子店の製品が愛されてきた理由を、同社の3代目社長、木村武史さんとともに紐解く。
東京・湯島に本社を構える木村硝子店は、1910(明治43)年創業の老舗ガラスメーカーだ。
創業者の木村勝さんは、現社長・武史さんの祖父にあたる人物で、当時はワイングラスや試験管など、あらゆるガラスを扱っていた。2代目である父・信行さんは数多くのグラスデザインを手がけ、百貨店や飲食店、一流ホテル、航空便のファーストクラスと、販路を拡大していったという。
業績は好調だったが、武史さんが会社を引き継いだとき、父の営業スタイルをがらりと変えた。卸先へ出向いて注文をとってくる営業活動をやめて、注文を待つ方法に切り替えたのだ。
「思い切って営業チームを廃止して、デザイナーを残したの。人間としての魅力があると、『この人にだったら相談したいな』と思ってもらえて、営業職ではなくても営業ができるから」。
このエピソードからも、「デザイン一本で勝負したい」という武史さんの潔さがうかがえる。そして、売上の大きな割合を占めていた百貨店への卸売をやめ、飲食店への販売に注力するように。その裏には、こんな美学があった。
「百貨店はその商品が売れるかどうかだけで判断するけれど、飲食店の人は『使ってみたい』という思いで買ってくれるでしょう。3年悩んで、どうしてもこのグラスを使いたいからと、買ってくれた人もいる。目先の売上よりも、そうやって悩んで買ってくれるお客さんを大事にしたいんだ」。
木村硝子店では創業以来、自社工場は持たずに、製造は“その道のプロ”である国内外の工場へ任せるスタイルをつらぬく。そのぶん、信頼のおける工場との連携が不可欠となるが、工場の選定には自信があるという武史さん。絶対音感ならぬ“絶対ガラス感”があるのだという。
「僕が作った言葉なんだけどね(笑)。赤ん坊のときからガラスが近くにあって、父にくっついてたくさんの工場に行ったから、写真で見ただけでどんなガラスかわかるし、『ここはいい工場だ』というのが直感でわかるんだ」。
デザインに注力する木村硝子店では、シンプルな「コンパクト」から、斬新な見た目の「クランプル」まで、さまざまなアイテムを展開する。特に1980年にプロダクトデザイナーの小松誠さんとコラボレーションして作られた「クランプル オールド」は、ロングセラー製品のひとつ。
一見、バラバラなようでいてどこか“木村硝子店らしさ”のある洗練されたデザインたち。木村硝子店らしさとはなんだろう?
「なんと表現していいものか……僕は“気分”と言っているんだけどね。太さ何ミリ、厚み何ミリという寸法が合っていても、僕の気分に合わないとダメ。お客さんも『寸法通りだから買おう!』と思うわけじゃなくて、見た瞬間に素敵かどうかで買ってくれるでしょう?」
クランプル オールド
それゆえに、大事にしているのは「デザイナーとしてどれだけ思いを伝えられるか」ということ。入社30年のインハウスデザイナー、三枝静代さんに初めてデザインを任せることにしたときにも、こんなことを伝えたという。
「『僕がテーマを出すから、デザインできる? ただし、そのテーマが嫌だったら、作っちゃだめ』と言ったの。社長がいいと思うかどうかは重要じゃないし、売れることを目的に作らないこと。食器として使えるかどうかも考えなくていい。その代わり、100種類作ったら発表するからと」。
そうやってできあがったのが、現在では約130種類の切子のシリーズとなっている「木勝」だ。グラスは国内のガラス職人によるハンドメイドで、切子細工は東京下町の切子職人が手がける。
木勝シリーズ
「職人さんへのやりとりもすべて任せているから、彼女がいなくなったら作れなくなるかもしれない。手作りのガラス工場は数少なくなっているし、切子職人の後継者不足などの課題もある。それでも、細々とでも長く作っていきたいシリーズだね」。
長らく小売を行ってこなかった木村硝子店だが、2016年には会社の1階に直営店をオープン。このことで、より多くの人が手に取りやすくなった。木村硝子店の製品をどんなふうに生活に取り入れるといいのだろうか。
「うーん、ソムリエに『このグラスにはこのワインがぴったり』と言われることはよくあるけど、じつは飲み物との相性なんて考えて作ってなかったんだよね。実際に飲んでみるとグラスによって味が全然違って、びっくりするんだけど(笑)。僕としては、どう使ってもらっても構わない。例えば、アメリカでは野草を入れて、花瓶として使う人もいるみたいだよ」。
このように、使い方をデザイナー側から提案するのではなく、使用者にゆだねている。木村硝子店を愛してくれるお客さんのことは大切にする一方で、お客さんの意見はあえて聞かないようにしているという。
「100人いたら100人全員に選ばれるデザインを目指しているわけじゃないから、『お客さんはこう思うんだ、それじゃあこれを作ろう』じゃなくて、あくまでも自分の美意識に従う。すると、100人にひとりだとしても、“周波数”の合う人が買ってくれるはずから」。
“気分”に、“周波数”。こうしたキーワードからは、直感や第一印象など、自分の感性を大事にしつづける、一貫した思いが感じとれる。
「好きなものを作って、それを買ってくれる人がいる。デザイナーにとって、これ以上に幸せなことはない」。そう話す武史さん。
もちろんガラスにも流行はあり、今売れているグラスがこの先何十年と、同じように売れ続けるかというと、そうとは限らない。長く愛されるデザインもあれば、時代が変わってまた愛されるものもあるだろう。
これまで武史さんは、あえて営業職を廃止したり、こだわりのある飲食店への販売に重きを置いたりと、ともすれば非効率にも思える経営をしてきた。しかし、だからこそ、同じ“周波数”を持つ人たちに支持され続けているのではないだろうか。
武史さんのあとには、専務で息子の木村祐太郎さんが会社を継ぎ4代目になる予定だが、聞けば祐太郎さんにも“絶対ガラス感”があるという。
「息子はワインが好きだから、このグラスがこのワインに合うって提案をするタイプ。僕のやり方とは全然違うんだけどね(笑)。でも、彼はそういう売り方をしていくんだろうし、それが次の木村硝子店を作っていくのかもしれない」。
3代目の武史さん、4代目になる息子の祐太郎さん、インハウスデザイナーと、美意識はきっと少しずつ違う。けれど、それぞれの譲れない美意識が、製品を手に取る使用者の美意識を刺激し続け、それが100年続く木村硝子店のLONGLIFEになっているのだろう。
木村硝子店: https://zizi.kimuraglass.jp/
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