富山県高岡市で、明治42年(1909年)に創業したシマタニ昇龍工房。寺院で使う仏具「おりん」を作りつづけて100年を超える工房は、受け継いできた伝統技術を生かした画期的な商品も世に送り出している。伝統と時流のあいだで試行錯誤を重ねながら挑戦を続ける、4代目の島谷好徳氏が考えるLONGLIFEとは。
お寺に行くと、お経を読む厳かな声とともに、やわらかな音色が耳に届く。邪気を払い、心地よいうねりに誘う「おりん」と呼ばれる仏具が、この音の主だ。島谷家は、シマタニ昇龍工房が創業する前の江戸時代からおりんを作りつづけ、全国の寺院に納めてきた。
「私たちのおりんは、炎で熱した真鍮を金鎚で叩く『鍛金(たんきん)』という技法で作られます。サイズや種類に応じて100種類もの金鎚を使い分けているんです」。
一つひとつ職人の手で作られるおりん。お寺に奉納する大きなサイズになると、制作に一年以上かかるものもあるという。
そんなおりんの善し悪しを決めるのが、音色だ。仕上げの工程である「調音」では、理想の音に向けて叩いては聴き、聴いては叩き……をひたすら繰り返す。見た目にはわかりづらい変化だが、地道な調整を重ねることで少しずつ理想の音に近づけていくのだそう。
「いい音を作ることで、結果的に形が完成すると言えるかもしれません」。
島谷さんは2つのおりんを取り出し、鳴らし比べてくれた。まずは調音前のもの。叩いた瞬間、カーンという金属音が響き渡る。音が上下に激しくうねり、線香花火のようにふっと音が落ちた。一方、調音後のおりんから聞こえるのは、身体が包み込まれるようなやわらかい音。うねりはおだやかで、長い余韻を響かせゆったりと遠くに消えていく。
「はじめは5年ほど、祖父や父が調音するのを横で聴くだけの時期がありました」。
いい音が「わかる」ようになり、独り立ちできるまで12年かかった。気の長い話に思えるし、いまの世の中では非効率だと思われるかもしれない。けれど、たっぷりと時間をかけることでしか作れない「本物」があることは確かだ。
「それでも、いまだに『この音でいいのか』『よくなっているだろうか』と迷うことも少なくありません。100%満足する音に辿り着くのは、なかなか大変ですね」。
おりんを粛々と作ってきたシマタニ昇龍工房だが、ある画期的な商品によって一躍注目を浴びることとなる。それが、「すずがみ」だ。やわらかい金属である錫(すず)を薄く伸ばして叩いたすずがみは、折り紙のように手で曲げて好きな形に変えることができる。トレーにもお皿にもなる、使い方を生活者に委ねた斬新な商品だ。
「自分たちが持っている鍛金の技術と錫という素材をかけ合わせてみたらどうだろう、と考えついたんです」。
しかし、開発は試行錯誤の連続だった。どんな商品だと受け入れられるか。どれくらいの厚みにすればいいか。仕事後に錫を伸ばしたり叩いたりしながら、ベストの形を探っていった。先代である父親は開発に猛反対で、一時期は険悪になるほどだったという。
2年間の開発期間を経て、すずがみは2013年に販売開始。テレビで取り上げられたことで火が点き、あっという間に人気商品となった。いまでは入荷1年待ちで、たくさんの人が待ちわびる商品になっている。
「心苦しいですが、職人がひとつずつ叩いて模様をつけていくので、大量生産することはできないんです」。
すずがみ作りに使うのは、錫につける模様が彫ってある金槌1本のみ。模様は3種類あり、いずれも叩く場所がずれると模様が重なったり離れたりしてしまうため製作は一発勝負。まさに「職人技」だ。
じつは、すずがみを開発したのは、おりんの技術を後世に残すためだという。10年ほど前は工房の経営が厳しく、そのままでは存続も危ういほどだった。どうにかおりんの技術を残さなければ——そんな思いで、はじめて新商品の開発に踏み切った。おりんを作りつづけるためにも、自分たちの技術を活かした、暮らしに馴染むもの作りをする必要があったのだ。
「すずがみも大切な商品ですが、真に継承したいのはおりんの『音色』。この音色を作る技術を、次世代に伝えていきたいですね」。
すずがみが高く評価され、フランスで講演をする機会を得た7年前のこと。島谷さんが空き時間で雑貨屋やセレクトショップを回っていると、ヨガマットの横にチベットのおりんが置かれていた。
「そんな使い方があるんだ、と衝撃を受けました。手前味噌ながら我々の作るおりんのほうがずっといい音ですし、おりんを暮らしに身近な存在にできるのではと考え、小さなおりんを作りはじめました」。
とはいえ、おりんは仏具。若い人にとって馴染みのある道具とは言いにくい。そこでHPやインスタグラムに動画を載せたりイベントを開いたりと、まずは「聴いてもらうこと」に力を入れている。
「いろいろなシーンで使ってほしいですね。たとえば、サウナ。水風呂後におりんを聴きながら身体を休めると、耳からもととのうんです(笑)」。
シマタニ昇龍工房のおりんは有名リゾートホテルのスパでも使われていて、その音に癒やされたお客様が購入していくこともよくあるのだとか。実際、島谷さんのもとには「寝る前に鳴らすとよく眠れる」「ヨガにぴったり」といった声が続々と寄せられている。
島谷さんの目論みどおり、おりんの音色は暮らしに心安まる時間を生み出しているようだ。暮らしにも自然と溶け込むおりんの音色。お寺や仏壇以外の場でも、人々の心を穏やかにさせる力は変わらない。
仏具として、またライフスタイル雑貨としてのおりんと、使い方に余白と遊びのある「すずがみ」。伝統と挑戦を両輪にして進むシマタニ昇龍工房の4代目を務める島谷さんにとって、LONGLIFEとはなんだろうか。
「そうですね……まず、おりんは存在自体がLONGLIFEと言えるかもしれません。50年、100年と使われるものですし、300年前のおりんを修理したこともあるんです。人から人へ世代を超えて引き継がれるものはLONGLIFEなのかもしれませんね。あとは、技術。これまで代々継承してきた鍛金の技術を、次の100年にも残していきたいです」。
おりんも、すずがみも、職人の手によって生み出されてきた。職人の身体だけを使った唯一無二のものづくり。時代が変わっても、そこは大切にしていきたいと島谷さんは言う。
「手仕事のぬくもりを伝えたいんです。たとえば作家さんが手がけるお皿には、温度や深みがあるでしょう。我々が作るものからも、それを感じていただけたら嬉しいですね」。
現在、調音ができるのは島谷さんと先代だけだという。職人の道は地道で厳しい。島谷さん自身、家業を継ぐというプレッシャーを感じつづけてきた。子どもに継いでほしい気持ちがある一方で、押しつけたくないというジレンマもある。
さまざまな課題を抱える伝統的なものづくり。それでも島谷さんは、次の100年に向けて「世界中の人に音色を知ってもらいたい。フランスで出会ったおりんに衝撃を受けたように、今度は世界に衝撃を与える側になりたい」と明るく前を向く。
数年前にスタートしたすずがみ作りのワークショップは、海外からの旅行客にも人気が高い。今年は、工房の横に商品に触れられるショールームとショップを構えた。
すべては音を、技術をつないでいくために。 ひとつずつ挑戦を重ねること。それがシマタニ昇龍工房のLONGLIFEなのだろう。
シマタニ昇龍工房: http://syouryu.co.jp/
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