徳川吉宗が将軍となった1716年に創業し、307年の歴史を持つ中川政七商店。明治維新や世界大戦、高度経済成長やバブル崩壊など激動の時代を生きてきた同社は、社会と共にさまざまな変化を重ねてきた。今回お話を伺ったのは、広報として中川政七商店のブランドコミュニケーション全般を担当する佐藤菜摘さん。企業の歩みやビジョンを辿るなかで浮かび上がってきた、老舗企業が描くチャレンジングな「100年後」とは。
享保元年(1716年)、奈良晒の商いを始めた当時の中川政七商店。
中川政七商店は江戸時代、麻織物である奈良晒(ならざらし)の卸問屋として創業した。武士の襟につける裃(かみしも)にも使われた奈良晒は幕府御用達の品であり、奈良を代表する商いだったが、明治維新を経て需要は激減。
「ほとんどの店が廃業したりほかの事業を始めたりするなか、中川政七商店は汗取りや産着など新しい商品を開発することで奈良晒を商いつづけました」。
その後、自社工場を建て奈良晒の復興に努めたり、茶道具業界に本格参入したり、小売店舗である「遊 中川」を開店したりと、それぞれの時代の当代が新たな事業に積極的に挑戦していった。今は工芸に根差した生活雑貨事業を核としながら、全国の工芸メーカーへのコンサル事業などにも力を入れている。
「作るものも業態も、時代の変化に合わせてきました。『人の手が入ったものを扱うこと』以外、すべて変わっていると言っていいかもしれません。変化を厭わないからこそ、300年もの間、存続できたのではないでしょうか」。
創業の地に2021年春にオープンした鹿猿狐(しかさるきつね)ビルヂング。旗艦店である「中川政七商店 奈良本店」のほか「猿田彦珈琲」や「㐂つね」が集い、古き良き奈良を残しながら進化をつづけている。※写真 淺川敏氏
絶えず変化しつづける中川政七商店のことを、佐藤さんは「創業300年のベンチャー」と表現する。「老舗」「伝統」などの言葉からイメージするような堅苦しさは社内になく、柔軟でチャレンジング。取材中も、意見を言い合う明るい声が背後からにぎやかに響いていた。
変化のひとつとも言えるのが、2007年に13代 中川政七(現代表取締役会長)のリードで「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げたことだ。これが今、会社全体の旗印となっている。
「私たちは社内で商品開発をしていますが、自社工場をもたないファブレスメーカー。全国の工房やメーカー、職人さんとつながってものづくりをしています。ところが2000年代、お付き合いのあったこれらの作り手さんから立てつづけに廃業のご挨拶をいただいたんです。当時、工芸の出荷額はピークの6分の1にまで減少していましたし、後継者不足も深刻でしたから」。
脈々とつづいてきたすばらしい工芸を失うのは惜しい。さみしい。困る。だから、経済的な自立とものづくりへの誇りを取り戻してもらい、工芸を未来につなげていくんだという思いをビジョンに込めた。
とはいえ当時、企業がビジョンを掲げることは今ほど一般的ではなかった。「社員もはじめはポカンとしていたそうです」と佐藤さんは笑う。しかし今や中川政七商店はビジョンと共に歩んでいる。すべての仕事は「ビジョンに沿っているか」が基準となっているし、入社を希望する人はみなビジョンに共鳴し、「元気にする」一助になるんだという志と共に門戸を叩く。
「経営判断は、『ビジョン51:利益49』。営利企業ではありますが、ビジョンは利益よりもわずかに、でもたしかに優先されるんです」。
「工芸とは、風土と人がつくるもの。手に取ったとき、背後にある風景や作り手の人柄まで感じることができるんです」。
たとえば「皿」という機能だけ見れば、ワンコインで買えるものもある。けれど、工芸を手に取ったときのあたたかみは代替できるものではない。その心地よさの正体とは、いったいなんだろうか。
「ゆらぎ、でしょうか。ひとつひとつの違う表情があるのが工芸品の大きな魅力だと思います。……と言いつつ、私たちは身の回りのすべてのものが工芸である必要はないと思っているんです。工芸のすばらしさを押し付けたいわけでもない。ただ、手で作られたものの豊かさを伝え、暮らしの提案をしているという感覚ですね」。
そんな中川政七商店らしい商品を尋ねると、佐藤さんは1995年に生まれた「花ふきん」を挙げてくれた。かつて奈良が一大生産地であった蚊帳の生地を使った商品で、2008年にはグッドデザイン賞 金賞、2022年には、グッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞している。
「一般的なふきんよりもだいぶ大判なのは、織り上げた生地を無駄なく使うため。これは、奈良晒で創業したことに由来していて、布とはお金そのもので、布を余らせる発想がなかったからなんです。そうした工夫から生まれた大判薄手のふきんは、畳めば分厚くなるので水をよく吸い、広げれば薄いのですぐに乾く、機能的価値にも繋がっているんですよ」。
花ふきんに限らず、長い歴史のある工芸なのに、中川政七商店の店舗には今を暮らす人たちの心を射ぬく商品が並んでいる。
「商品開発をするとき、デザイナーはまずその文化のルーツや歴史を理解するところから始めます。敬意を持って、徹底的に。その本質を、今の暮らしにフィットさせていくイメージですね」。
2023年秋にスタートした「くらしの工藝布」シリーズは、中川政七商店初の試みである少量生産品の商品がそろっている。ひと針ひと針、下書きに沿ってていねいに刺す「刺し子」などは1ヶ月に数枚の生産量だ。
二重織刺し子の長座布団は、ふっくらとやわらかい肌あたりが特徴の人気商品。
中川政七商店はこれまで全国の60店舗とオンラインで販売できる中量生産品を中心に扱ってきたが、「日本の工芸を元気にする!」には、効率化の難しい工芸も無視することはできない。
「小さな光も余すことなく未来に残したい」という思いが表れているこの取り組みは、2年以上の開発期間を経てようやく実ったという。
100年先の日本に工芸を残す。これが、中川政七商店が目指す未来だ。
「100年というと遠い未来に思われるかもしれませんが、私たちは300年企業。現実的な長さとして考えています」。
工芸は、ほんの少しのきっかけで途絶えてしまう。そして再び同じように蘇らせることは、とても難しい。
「全国各地の工芸をLONGLIFEな存在にすることが、事業の前提なんです。そのエンジンとして中川政七商店が存続する必要がある、というふうに捉えています」。
経営再生のノウハウを生かしたものづくり企業へのコンサルティング事業、流通支援、全国の豊かなものづくりを集めた合同展示会「大日本市」、そして教育事業。幅広くさまざまな手を打っているのも、それぞれの土地で長い時間を重ねてきた工芸をさらにLONGLIFEなものにしていくためだ。
自分たちだけが利益を得るのではなく、作り手と手を取り合い、携わる人みんなで「元気」になる。工芸のLONGLIFEを実現する核である中川政七商店の、100年後を見つめるまなざしは揺らがない。
中川政七商店:
https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/default.aspx
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