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ヘーベルハウスLONGLIFE IS BEAUTIFUL The Little Shop of Flowersのロゴ

ゆとりのある暮らし

未来に残すべきものを残す。壱岐ゆかりさんの「都会の百姓」としての暮らし方

ヘーベルハウスLONGLIFE IS BEAUTIFUL The Little Shop of Flowers主宰 壱岐ゆかりさん

インタビュー

原宿の路地裏でちいさな花屋「The Little Shop of Flowers」を営む、壱岐ゆかりさん。同じ敷地内には、フードディレクターの野村友里さんが古民家に構えるレストラン「eatrip」がある。10年にわたって肩を並べ営業を続けた2店は2023年12月末、多くの人に惜しまれながら土地の都合で閉店した。
壱岐さんの活動は、花の端材で染めたハンカチを製作したり、花農家に会いに行くプロジェクトを立ち上げたりと「花屋」にとどまらない。2021年、2023年には「Life is Beautiful: 衣・食植・住」展を開催し、自然との関係から人間としての生き方までさまざまな答えのない問いを投げかけた。花という「生」と共に生きながら、「なにを未来に残すべきなのか」を考えつづける壱岐さんのLONGLIFEに迫る。(*取材はクローズ前に実施しました)

衣食住のすべてを支える、植物というギフト

2021年に表参道で開催された「衣・食植」展と、2023年に開催された「食植・住」展。古くからつづく植物と人間の関係を辿り、暮らしや生き方を見つめ直そうと、レストラン「eatrip」を営む野村友里さんと壱岐さんが共に作り上げた。

ヘーベルハウスLONGLIFE IS BEAUTIFUL The Little Shop of Flowers主宰 壱岐ゆかりさんとeatripの野村友里さんと企画した2021年の「衣・食植」展と、2023年の「食植・住」展

2021年の「衣・食植」展と、2023年の「食植・住」展。貴重な大麻布やあまさず使える稲など、植物のエネルギーが伝わる展示はさまざまな気づきに満ちていた 写真提供:The Little Shop of Flowers

「きっかけはコロナの流行でした。店は休業に追いやられたかわりに、家から出れない多くの方々からお花の配達が殺到して。草花・植を求める声を受け、植物は生活必需品だと気付かされました。古くからの大先輩でもある⾃然布の蒐集家・研究家として知られる吉⽥真⼀郎さんとの久し振りの再会も相まって、植物に目を向け学ぶことでただ恐怖に足をすくませるのではなく『これからどう生きるか』へと発想を転換できるんじゃないかと気づいたんです」。

ヘーベルハウスLONGLIFE IS BEAUTIFUL インタビューに応えるThe Little Shop of Flowers主宰 壱岐ゆかりさん

植物は衣類となり食料となり、茅葺き屋根や障子などの素材として人々の住まいにもなる。循環しながら、今を生きる人間とその子孫に大きなギフトを与えてくれる。怯えて離れるのではなく、植物のように共存していく生き方も示せるのではないか——。

前職ではPRの仕事をしていた壱岐さん、「伝えたい」と思ったときの馬力は強い。大麻布(たいまふ)や稲といった植物を軸にした展示は先人の知恵を再発見し、「これから」を考えるヒントに満ちていた。

「衣食住のどれかひとつを深掘りすれば、必ずほかのふたつに行き着く。どれかひとつで完結することはないと気づきました」。

この連関を感じられるようになると、自然と日々選ぶものも変わっていくのだという。

「『選ぶことで残せるもの』を大切にするようになります。たとえば、お正月に飾る千両や南天といった赤い実。古くから縁起物として存在しているのに、似た安い実を代用しようとする流れもあると聞いて。そうなると、いずれ千両や南天の産地さんは途絶えてしまう。一方で、わたしたちが残したいと思う所以やストーリーを背景に持つ植物を選べば景色として、そして土壌として『残る』可能性が高くなります」。

ヘーベルハウスLONGLIFE IS BEAUTIFUL The Little Shop of Flowersの店内にあった千両と南天

千両(左)はお金を想起させることから(「両」は昔のお金の単位)富をもたらす縁起物、南天(右)は「難を転じる」縁起物とされている。「長く日本に続いてきた風習を残したい」と壱岐さんは語る

食材選び同様、暮らしの中でのちょっとした“選び方”や“消費の仕方”で、日本の土壌=農業を応援することになる。洋服の選び方も変わるだろう。だから、機能やストーリーを備えた植物のあれこれを“知る”のが楽しい、と壱岐さんは目を輝かせる。

自分の暮らし方によって、未来に残せる景色がある̶̶。なにを選べば自分の連関の渦に入るのかを考えるのは、これからの暮らしの新しい視点になりそうだ。

都会の百姓として、「直せるもの」と暮らす

とはいえ、現代の「住」で自然や循環を意識するのはむずかしいのではないか。そう問うと壱岐さんは「茅葺き屋根の家なんて建てられないですもんね。建築基準法違反になっちゃう」と笑い、「でも昔はこうして作られていたって知ることは大切だし、今の時代版で、植物をどう暮らしに取り入れようって思考回路を鍛えるトレーニングになると思う」と語ってくれた。

The Little Shop of Flowersには、壱岐さん自ら京都の黒谷和紙を貼ったテーブルや左官職人に仕上げてもらった天板など、自然素材を用いた什器が使われている。前者は「教えてもらいながら自分でベニヤに和紙を貼って防水のウレタンを塗っただけ」だそうだが、その風合いや存在感は紙とは思えない。

ヘーベルハウスLONGLIFE IS BEAUTIFUL The Little Shop of Flowersの壱岐さんが黒谷和紙を貼ったテーブルと、左官職人が天板を仕上げたテーブル

壱岐さんが和紙職人のハタノワタルさんにアドバイスをもらいながら黒谷和紙を貼った天板と、左官職人の大橋左官による土の天板 写真右提供:The Little Shop of Flowers

「和紙は呼吸したり保温してくれたりするから、壁紙に使うのもいいんですって。厳重なセキュリティとはまた違う、楮という植物に守られているという見えない安心感に包まれます」。

こうした自然素材のよさは、「完成品を買う」で終わるのではなく「使うことで育む」という前提があるため、経年変化を愛せるところにある。また、壊れたり汚れたりしても自分の手で直せるところも大きな魅力だ。祖父母の代のものであっても、技術さえあれば修理して使いつづけられる。

「『百姓』は百種類の作業をこなす能力がある人とも言われてますが、その都会人バージョンを目指せるといいですよね。自分の両の手で直したり改良したりできるって楽しいし、何よりすごく豊かなことだと思うんです。生き方もそう。壊れたり間違えたりしても直せばいいってことは、『失敗してもいい』ってことだから」。

ヘーベルハウスLONGLIFE IS BEAUTIFUL インタビューに応えるThe Little Shop of Flowers主宰 壱岐ゆかりさん

もし失敗しても、何度でもやり直せばいい——そんな肩の力が抜けるマインドを暮らしにもたらしてくれるのが、植物の力なのだろう。

100年後に残すための、
「YES」がたくさんある暮らし

「ある花農家さんが教えてくれたのですが、今、人間はあまりにも自然から離れて暮らしているし、社会はすさまじいスピードで移り変わっていくから気が滅入ってるんだそうです。人間だって動物だから、本当は自然の中で自然のペースで生きるほうが心地いいって」。

ヘーベルハウスLONGLIFE IS BEAUTIFUL 花農家を訪れるThe Little Shop of Flowers主宰 壱岐ゆかりさん

写真提供:The Little Shop of Flowers

そうは言っても、自然のそばに移住できる人も、頻繁に森に足を運べる人も限られている。

「だからまずは、自然素材を毎日の暮らしに取り入れることからスタートしたらいいのかなと。いい土で育った切り花が常にあるだけでも、森に行くのと同じくらいエネルギーをもらえるんです。だから『都市暮らしだから仕方ない』ではなく、食べ物と同じようにどこでどう育ったかといった『景色』を共有できる消費の仕方を選びたいと思います。それが結果的に、広い意味で、その景色を守ることにもつながると信じて」。

壱岐さんは、「YES」=「いいね!」「よくない?」が詰まった暮らし方を植物・草花の切り口で伝えられたら、と言う。「それってどうなの?」と思うことの多い昨今、それらに対して「NO」と声高に叫ぶのではなく、「これっていいよね」とポジティブな思いを周りの人に伝え、共鳴することで残したいものを残していく。

ヘーベルハウスLONGLIFE IS BEAUTIFUL 花束をつくるThe Little Shop of Flowers主宰 壱岐ゆかりさん

「今はぎりぎり間に合う、ある意味ラッキーな時代なのかなあと。わたしたちの暮らしを豊かにしてくれる、しかも何百年と続いてきたすばらしい技術を持つ職人さんたちもご存命だし、その技術を受け継いで残していきたいと鍛錬を積んでいる人が少なからずいらっしゃるわけだから。そこから聞き知り学び、必要なものをすくい上げながら次の世代にバトンをつないでいかなくちゃ」。

壱岐さんの口からは、「次の世代」や「100年後」という言葉がたびたび飛び出す。遠い未来にも思えるが、自分が関与できるという確信のようなものを感じる。

「もちろんひとりの力では無理だから、3世代かけて100年後に残していくのが、想像しやすいし実現可能かな。これは忘れないでってことを衣食住に散りばめながらね」。

家族の中で、あるいは身近な人たちに、大切なものを少しずつ渡していく。「それが自分の生きた証になるのでは」と壱岐さんは考える。

「死んでからが人生だって思うんです。身体を持っている間に何ができるか考えながら、気配やエネルギーが残るような暮らし方や生き方ができたらな、と思っています」。

育ち育てながら、仲間たちと未来をつなぐ

これまでの活動を振り返ってみると、壱岐さんのキーワードは「育てる」だったという。

「無意識でしたが、育て育てられを繰り返すことが生業みたいになっていますね。自分が見つけた考えを、未来に向けて育てる。スタッフや店を育てる。でも育てているようで、じつは自分の内面が育てられている。そんな関係性が好きだし、過去から続いてきたものを未来につなげるLONGLIFEを実現するための、わたしなりの秘訣だなと思います」。

壱岐さんは「育てることには失敗がつきものだし、それで試行錯誤できる楽しさがある」と語る。「失敗したらやり直せばいい」は、ここにも息づいているようだ。

「でもね、育ちきるってなかなかない。終わりがないから、永遠にゴールに辿り着かないの(笑)。一生いろんな挑戦をして、99.9個失敗して0.01個成功して……を繰り返すんだろうなって思います。わたし、自慢じゃないけど打率が低いんです」。

ヘーベルハウスLONGLIFE IS BEAUTIFUL インタビューに応えるThe Little Shop of Flowers主宰 壱岐ゆかりさん

遠回りを楽しむ壱岐さんは、朗らかに笑う。元々私たちの足元にあるたくさんのヒントが、これからの暮らしに明るい光を差してくれている。そのヒントは、これからの暮らしは自分たち次第で「一周遅れのトップランナー」にもなり得るんだと気づかせてくれる。

「自分でも何屋なんだろう? と思うけれど、植物という切り口で日本ならではの大事なことを伝えられるのは花屋が生業だからこそ。ジャンルにも年齢にもとらわれず、じわじわ仲間を集めていきたいですね」。

(終)

The Little Shop of Flowers:
https://store.thelittleshopofflowers.jp/



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