#01

K邸

50年もの、熟成住宅。

化学の研究に取り組んでいた父は、この家を建てるとき、壁材のメカニズムに惚れ込んで購入を決めた。

地球が数万年かけて生み出す「トバモライト結晶」をふんだんに含んだ壁は乾燥による収縮や熱膨張が小さいため、夏の酷暑や冬の乾燥に強く、経年変化が極めて少ない・・・
そんなセールスマンの話に、いたく感銘を受けてしまったらしい。
今思えば、父らしい反応だったと思う。

「ワインは教養」
それが父の
口癖だった

そんな父は、この家で毎日のようにワインを飲んでいた。
ワインの熟成も化学がもたらすものだから、ごく自然な流れだ。
私もよく飲ませてもらった。
特別な日にはヴィンテージものも開けた。
「ワインは教養」それが父の口癖だった。
単なるブドウからできた酒ではない。
作られた時代の世界情勢、文学的な味わいの解釈。
そして時が経つことで、それまでにない価値が生まれること。
壁材にもワインにも、父は「物」ではなく「物語」を求めていたのかもしれない。

時とともに
価値が深まっていく

やがて父が亡くなり、この家を建て直すか検討している時、壁や柱の状態を確認してみた。するとそれらは、まるで時が止まったかのようにキレイな状態だった。
築年数から考えて建て直すものだと思い込んでいたが、それを見て部分的にリフォームすることに決めた。

家としての基礎が劣化していないのだから、建て直す必要がない。
むしろそこに快適を足していけばさらに価値が深まっていくはず、と考えたのだ。

父がいたころと変わらないにおい。階段を上り下りする音。
日向でくつろぐ二匹の愛猫。リフォームする前からある、なんでもないようでかけがえのない「物語」がここでは今も脈々と続いている。

時とともに価値が深まっていく。
そう、それはまさにワインと同じだった。

幸福へ向かう
化学変化を
繰り返していく

わが家はこれからも、子へ、子から孫へと暮らし継がれながら、幸福へ向かう化学変化を繰り返していくだろう。
ひょっとしたら父は、そんな未来を想像しながらひとり楽しんでいたのかもしれない。
食卓の向こうでワインの香りに酔いしれていた、あの幸せそうな表情で。

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