誰に何を相続させるか? 遺産分割は、相続をスムーズに行う上で大きなポイントの1つですが、その対策として検討したいのが、遺言書です。遺言書と聞くと敷居の高いイメージがありますが、相続税が増税して以来、遺言書を作成する人が増えているといいます。今回は遺言書の基礎知識を解説します。
相続対策というと節税を思い浮かべがちですが、最も大切なのは相続人で遺産をどう分けてもらうか、すなわち遺産分割です。実は、相続トラブルの多くが遺産分割に関するトラブルなのです。そして、それを防ぐには、遺言書が大きな効力を生みます。
「遺言」はよく聞く言葉ではありますが、現実的にはまだ馴染みがないかもしれません。しかし、遺言書を残す人は年々少しずつ増加しています。日本公証人連合会の統計では、遺言書(遺言公正証書)を残した人は2005年に69,831人でしたが、2014年には104,490人と初めて10万人を超えました。特に2012年からの3年間は増加傾向が顕著になっています。この2012年は、相続増税が発表された年です。
それでも、この約10万人は相続課税対象者の中の2〜3割で、決して多いわけではありません。相続増税で多くの人にとって相続対策が身近な問題になってきた昨今、相続トラブルを防ぐ意味でも、もっと遺言書を普及させようという動きがでてきました。「遺言控除」の創設です。これは、一定額を相続税の基礎控除額に上乗せするものです。具体的にはこれから議論が始まるとのことで、平成29年度税制改正での実施を目指しているようです。
遺言書を残す人は年々増加傾向にある。相続増税の影響から、今まで以上に多くの人にとって相続対策が身近になってきたと予想される。
遺言書を残す具体的なメリットには、次のようなものがあります。
遺産が現金のみなら分割も簡単かもしれませんが、不動産が大きな割合を占めるケースも多いことでしょう。実際、相続税の種類別取得財産価額を見ると、土地が41.5%と最も多く、次いで現金・預金が26%となっています(国税庁「平成25年分の相続税の申告の状況について」より)。不動産が遺産のほとんどを占める場合、法定相続分で分けることが難しく、売却を余儀なくされるケースも少なくありません。誰に不動産を相続させるかを、理由も含めて明確に書いておけば、遺産分割トラブルを防ぐことができます。
これが最大のメリットだという専門家も少なくありません。遺言書がない場合、法定相続人による遺産分割協議を行うことになりますが、遺産分割協議を行ったことで兄弟姉妹の仲が悪くなることも少なくないようです。遺言があれば、トラブルになりがちな遺産分割協議を省略することができるのです。
財産は法定相続人にのみ相続権がありますが、様々な事情から法定相続人以外の人にも財産を残したいと思う場合が出てきます。例えば、先に亡くなった息子の配偶者が、親身に介護してくれたといったケースです。子どもがいれば、子どもが法定相続人(代襲相続)になりますが、子どもが亡くなっている場合は、その配偶者には相続権がありません。しかし、遺言でその意志を記せば遺贈することができます。
現代社会において、ある意味で最も気をつけるべきなのが、認知症対策です。現代では多くの方が長寿で人生を長く楽しめる反面、「長生きリスク」が出てきます。長生きした分、生活費や医療費が掛かるという側面があるからです。相続対策でも同じことで、長生きできたとしても、認知症になってしまうと遺言書を残すこともできません。元気なうちに、遺産分割など自らの意思を相続人に明確に伝えられるという点で、遺言書のメリットは大きいと言えるでしょう。
財産の状況、相続人の状況はそれぞれでも、自分の意思を相続人に伝えるという意味で、遺言書を残すメリットはある。
遺書と遺言書を同じようにイメージしている人もいるかもしれませんが、似て非なるものです。遺書は、亡くなることを前提に家族や残された人に思いを残すという、いわゆる「かきおき」で、法的な拘束力はありません。様式も内容も自由です。
一方、遺言書は、民法で定められた法律行為で法的拘束力を持ち、財産分割についての内容が主題といえます。遺言書は様式が厳格に定められていますので、遺言書のつもりで書いても不備があると遺書として扱われます。
「資産が少ないので相続トラブルは心配ないし、遺言書も必要ない」というのは、大きな誤解です。平成25年の司法統計年報によると、遺産分割に関する家庭裁判所でのトラブル件数を見ると、1,000万円以下が32.3%、次いで5,000万円以下が42.8%、合わせて5,000万円以下が約75%以上になります。おそらく資産が少ない方が何の対策もせずにトラブルになっているのかもしれません。
遺言を書く際に最も注意しなければならないのが、「遺留分」です。遺留分とは、法定相続人が最低限受け取れる遺産の範囲のことです。遺留分があるのは、配偶者・子・直系尊属(両親など)のみで、兄弟姉妹にはありません。法定相続分の2分の1、直系尊属だけが相続人の場合は法定相続分の3分の1となります。
遺言さえ書けば、自由に遺産分割できると思われがちですが、実はそうではありません。もし遺留分を侵害するような内容だった場合、その相続人は遺留分を請求できるので注意が必要です。
遺産分割は、財産・法定相続人の状況、税制が変わった場合に対策を見直す必要があります。遺言書は、何度でも書き直すことができますので、定期的に見直しましょう。
遺言書を書くときは遺留分を侵害しないように注意する。資産が多い少ないに関係なくトラブル防止のために遺言は効果がある。
遺言書の代表的なものには「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」があります。
「自筆証書遺言」は、文字通り自分で書くものです。好きなときに自由に書けるものの、様式が厳格に決められていて、せっかく書いたのに開けてみたら不備があって無効だったというケースが多いのも事実です。費用もかかりませんし、誰にも知られず密かに作成することもできますが、逆に発見されないままという可能性も懸念されます。
「公正証書遺言」は、公証役場に行き、2人以上の承認の立ち会いの下で作ります。公証人に対して口頭で遺言内容を述べ、公証人がそれを筆記して遺言書を作ります。遺言書は公証役場で保管されます。ある程度の労力は必要となりますが、遺言書として有効性が高く最も安心できます。
■「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の違い
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自筆証書遺言 |
公正証書遺言 |
作成方法 |
氏名、日付、内容を本人が手書きし、押印する。パソコンは不可。日付は8月吉日といった曖昧な日付は不可。自分で保管。 |
公証役場で2人以上の承認の立ち会いの下、遺言の内容を口頭で述べ、公証人が遺言書を作る。公証役場で保管。 |
メリット |
・自分の好きなときに作れる |
・不備がなく無効になる可能性が低い |
デメリット |
・様式不備で無効になるケースがある |
・証人が2人必要(証人は推定相続人など利害関係のある人はなれない) |
内容が明確で無効になりにくい「公正証書遺言」がおすすめですが、ハードルが高く感じられる方は、まず「自筆証書遺言」を作ってみるのもよいでしょう。最近では、書店でも購入できる「エンディングノート」が話題になっています。遺言書としての法的効力はありませんが、自分の意思を整理する意味でも、ここから始めてみるのもよいでしょう。
有効性が保証され、安心できるのは「公正証書遺言」。慣れない場合は、まず「エンディングノート」で、自分の意思を書き出すことから始めるのもよい。