
第56回日本癌治療学会学術集会 学術セミナー35 2018年10月20日(土)
悪性腹水治療のベストプラクティスとは? CART(腹水濾過濃縮再静注法)の可能性を考える
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がん性腹水へのCART ~クリニカルパス導入から実践まで~
演者:柏田 知美 先生
(佐賀大学医学部 附属病院 血液・呼吸器・腫瘍内科 助教)
はじめに
消化器がんの悪性腹水は患者のQOL低下を招き、非常に苦慮する症状のひとつです。当院では外来で穿刺排液とアルブミン製剤の投与で対応するケースが多かったのですが、アルブミン製剤の適正投与の観点を考慮し、2016年よりCARTの導入を検討・推進してまいりました。本日はCART導入時の工夫と実際の運用についてご報告いたします。
CART導入の背景
消化器がんの悪性腹水には苦慮しており、これまで悩みながら外来で穿刺排液とアルブミン製剤の投与を行ってきました。CART導入のきっかけは、アルブミン製剤の使用を保険で査定され、再審査請求書の作成依頼があったことです。アルブミン製剤の使用については厚生労働省から平成30年9月に「血液製剤の使用指針」が出されており、タンパク質源としての栄養 補給や血清アルブミン濃度の維持、終末期患者への投与等は「不適切な使用」とされています。アルブミン製剤投与に変わる治療法を検討した結果、CARTという治療法があることを知りました。腎臓内科、透析室のスタッフにCARTを緩和ケアのみではなく、外来で化学療法を行っている患者の症状コントロールの一環として位置づけたいと相談したところ、透析やICU業務を考慮したCARTの時間配分の相談をしましょうと快く受けてもらえました。また、看護師や関係各所とそれぞれの業務内容に配慮したCARTの円滑な運用方法について知恵を出し合いました。
効率的なCARTの実践 巧くて 早くて 安全 CARTの看護マニュアル
CARTに関わる全てのスタッフが迅速かつ安全に作業出来るよう、治療の流れを単純化し、視覚化したマニュアルを作成しました。マニュアルをラミネート加工したものを処置 カートに装備し、確認出来るようにしています。その結果、手技の統一による誤操作防止が可能になりました。

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【診療報酬算定方法に伴う実施上の留意事項について】
●K635 胸水・腹水濾過濃縮再静注法
一連の治療過程中、第1回目の実施日に、1回に限り算定する。なお、一連の治療期間は2週間を目安とし、治療上の必要があって初回実施後2週間を経過して実施した場合は改めて所定点数を算定する。
(保医発0305第1号・平成30年3月5日)
【特定保険医療材料の定義について】
●腹水濾過器、濃縮再静注用濃縮器(回路を含む。)
次のいずれにも該当すること。
(1)薬事承認又は認証上、類別が「機械器具(7)内臓機能代用器」であって、一般的名称が「腹水濾過器」又は「腹水濃縮器」であること。
(2)難治性胸水、腹水症等の患者について、当該患者の胸水又は腹水中の自己有用蛋白成分の再利用を行うことを目的に、患者胸水又は腹水中の除菌、除細胞等を行う濾過器及び濾過後の胸水又は腹水を適正な有用蛋白成分濃度に調整する濃縮器(回路を含む。)であること。
(保医発0305第13号・平成30年3月5日)
CART導入後の変化
当院のCART実施件数とアルブミン処方件数の推移です。
CART導入による患者・看護師・透析室のスタッフの変化です。
患者の症状は顕著に改善しました。看護師は成功体験をもとにCARTの運用工夫に積極的に取り組むようになりました。また、透析室のスタッフは患者の治療や病院の収益改善への貢献を実感する等、院内に正の連鎖が生まれています。
■患者の変化

1) 速やかな腹部膨満感の軽減による身体的苦痛及び精神的苦痛の軽減
2) ボディーイメージと気力の変化
3) 悪液質への移行抑制、悪液質からの脱却
4) PS(Performance Status)改善による行動範囲の拡大
CARTの一つ目のメリットは、患者の症状改善です。高度な腹部膨満感のため車椅子で入院した患者がCART翌日には歩いて帰宅することを当院ではよく経験します。二つ目のメリットはCARTによる患者の自身に対するボディーイメージと気力の変化です。患者は「悪性腹水」になったら「おなかが張って、どんどん膨らむ」ボディーイメージと同時に「もう死んでしまうのではないか」という不安感を抱きます。 この不安感をCARTでリセットし、生きること、治療を受けることに前向きな気力を 持たせることはCARTの非常に大きなメリットの一つと考えています。
三つ目のメリットは悪液質の改善が挙げられます。CARTによって悪性腹水患者の栄養学的に非常に悪化した状態を抑えられることは意味のあることです。
四つ目のメリットはPS改善です。行動範囲を広げられることによって患者のQOL、ADLが向上します。
■看護師の変化

1) 終末期緩和ケアのイメージが強かった悪性腹水患者のPS改善
2) 化学療法+CART併用による抗腫瘍効果
1), 2)より → 積極的にクリニカルパス作成、マニュアル改善へ協力
看護師はCARTに自身が関わり、終末期緩和ケアのイメージが強い悪性腹水患者のPS改善や、化学療法とCARTを併用する抗腫瘍効果を見ることで成功体験を得ます。これにより、看護師1人1人に悪性腹水の患者の状態をなんとか良くしてもう一度家に帰してあげたいという気持ちが芽生えました。
結果として、CARTのクリニカルパスやCART運用マニュアル作成にも協力的に自ら進めるなど私達医師との協力体制が出来ました。
■透析室のスタッフの変化

1) 透析室の稼働実績の上昇
2) 悪性腫瘍患者の治療やアルブミン製剤処方減少への貢献の実感
3) 病院収益改善への貢献の実感
透析室のスタッフはCARTの稼働数が上がることで、がん患者の治療やアルブミン製剤処方減少に加え病院収益への貢献を実感しています。
まとめ
CARTの導入には、施設の状況に応じた運用・ルールを多職種のスタッフと共に作り上げることが必要です。今回、医師、看護師、透析室のスタッフ等が以下の二つの貢献を実感したことによって、協力体制の下にCARTの安全で効率的な運用が可能になりました。
①治療への貢献:
CARTによる患者症状(精神的苦痛、腹部膨満感等)改善、悪液質への移行抑制、悪液質からの脱却、
PS改善によるQOL、ADL向上
②社会資源、病院収益改善への貢献