SLE治療は、
自分らしく生活することを
目指す時代に
数十年前まで、全身性エリテマトーデス(SLE)は患者さんの予後を「2年生存率」で表現するほど治療が難しい疾患でした。しかし、副腎皮質ステロイド(以下、ステロイド)が使用されるようになると、延命を目指すことができるようになり、近年はさらに多くの薬剤が登場し、症状をコントロールしながら自分らしく生活する患者さんも増えてきました。今回は、SLEとともに生活を送る患者さんとSLEの治療にあたる専門医のそれぞれの視点から、病気と生活を両立させるためのヒントについてお話いただきました。
北海道大学医学部を卒業後、英国留学などを経て2012年より現職へ就く。リウマチ膠原病学と血栓症を専門としており、新規治療法の開発にも尽力している。患者さんやご家族の人生に寄り添うことをモットーに日々の診療に取り組んでいる。
子どもの頃から日光過敏があり、20代前半の頃は手足のひどい冷えや痛みに悩まされる。結婚した後、妊娠中の高熱がきっかけでSLEの診断を受ける。その後、治療を受けながら無事に出産。社会復帰を果たし、現在は全国膠原病友の会の代表理事として患者さんの生活向上のため奔走する毎日を送っている。
─はじめに、森さんがSLEを発症した頃のことを教えてください。
森さん: 私がSLEと診断されたのは今から30年以上前のことです。妊娠中に突然38度を超える高熱と呼吸困難に襲われ、当初は妊娠中毒症を疑われました。このままでは母体が危ないとして、転院した大学病院で改めて詳しく検査してもらうと、SLEと診断されました。
その頃は妊婦に対する治療法が今ほど明確になっておらず、通院での治療も難しいということで入院することになりました。入院期間は1年に及びましたが、その甲斐あって、無事に出産することができ、退院してからは仕事にも復帰することができました。今はステロイドの使用量を減らしながら、免疫抑制薬などを併用して病気をコントロールしています。
渥美先生: 森さんがSLEを発症された同じ頃に私は医師になったのですが、当時は大量のステロイド投与による救命がSLEの治療ゴールでした。現在は、いかに長く、元気に、健康な方と変わらない状態で過ごしていただくかということを念頭に診療しています。治療法もステロイドだけではなく、免疫抑制薬・免疫調整薬をうまく組み合わせることで病気をコントロールするようにしています。
森さん: 発症当初は全身に様々な症状があらわれていました。急な高熱に襲われて、息の仕方がわからなくなるほど呼吸が苦しくなったり、どんな姿勢でいても関節や筋肉の痛みが治まらなかったり、大変辛かったことを覚えています。
また、SLEと診断されるまでは、この先どうなるのだろう、赤ちゃんは助かるのだろうかと不安でした。診断後も、しばらくは病気から逃げ出したい、嘘であってほしいと思っていました。ただ、痛みは現実ですし、次第に逃げてばかりもいられない、立ち向かわないといけないと、少しずつ気持ちが落ち着いていきました。
渥美先生: SLEの場合は病気の理解が難しいということが大きなポイントだと思います。人によって症状や程度が異なり、また、同じ患者さんでも急性の症状と慢性の症状が異なったりします。経過も様々で、ひとくくりにはできないことが多くあります。そのあたりの理解がより進めば、病気の受け止め方も変わると思いますし、患者さん自身の気持ちの整理も進むのではないでしょうか。
─症状やお薬の副作用などによって外見が変わってしまうこともあります。
森さん: 高用量で開始したということもありますが、治療を開始してすぐにムーンフェイスになったり、吹き出物ができたり、手足は細いのにお腹周りだけ太ったりしました。加えて骨粗鬆症による圧迫骨折で10cm以上も身長が低くなってしまい、親も気付かないほど短期間で外見が変わってしまいました。
その反面、ステロイドの効果が出てきたことは非常にありがたかったですね。「治療が効いてお薬の量を減らせれば、副作用もおさまってくる」と担当医から繰り返し説明されていたので、「今は状態を良くして、待つしかない」と思っていました。
渥美先生: 初期のステロイドによる副作用は減量とともに落ち着いてくることがあります。森さんの場合はステロイドの効きが良く、また発症と妊娠が重なったため、より顕著だったのかもしれませんね。
森さん: 洋服もなかなかサイズがなくて、女性としてはとても辛い時期でした。「本人が思うほど周囲は気にしていない」と気がついてからは、少し気持ちが楽になったように思います。
渥美先生: 外見の悩みも含め、気になる症状はぜひ主治医に相談してみてください。体の内側を診る内科医を中心に、肌のことは皮膚科医、骨のことであれば整形外科医、最近は口腔ケアのための歯科医など、SLEはチームで連携して診療することが多いです。
森さん: 私は入院当時から皮膚科の先生にも診療してもらっていました。 外見という点では、化粧品などが急に肌に合わなくなることもありました。いろいろと試しながら、自分に合ったものを見つけていくことも大切ですね。工夫を重ねながら日々を過ごすことで、少しずつ前向きな気持ちになれるのではないかと思っています。
─日常生活を送る上では、外見以外の変化に悩まされることもあると伺います。
森さん: 私の場合、いわゆる急性症状が落ち着くと、ある程度の家事や仕事ができるようになりました。ただ、すぐに疲れてしまったり、だるくなったり、関節が痛んだりと、長時間の労働を辛く感じるということを多く経験しました。
周囲は病気が治ったようにも見えるので、こまめに休みながらやっていると、「だらだらやっている」「怠けている」と誤解されてしまい、そのような視線を感じて辛い思いをしたことがあります。
渥美先生: その一連の症状は「倦怠感」「疼痛」と呼ばれるものですね。検査値に現れない症状なので、医師でも理解が遅れている部分です。
森さん: 症状が目に見えないと家族でさえ病気のことを忘れてしまうようで、無理している状況に気がついてもらえず、助けを求めにくいと感じることもあります。一方、周囲もどのように接してよいかわからない場合もあるようなので、具体的な言葉で、困っていることと何をしてほしいのかを繰り返し伝えることが必要と感じています。
渥美先生: 倦怠感などの症状の理解を得るためには、家族や職場、近所の方など、それぞれにどこまで理解してもらえるかをはかりつつコミュニケーションをとっていくことが大切ですね。
森さん: SLEは病気の説明が難しいので、症状を話せる関係づくりは今でも悩みのひとつです。最近はヘルプマークの認知も広がってきて、社会的にもサポートを得やすい環境が整ってきているのは嬉しいことですね。
─SLEの発症は若い女性に多く、ライフコース選択に悩む方も多いと思います。
渥美先生: SLEは妊娠可能な世代の女性に発症する疾患ですので、妊娠や出産の問題に直面される方も多いです。SLEが妊娠に悪影響を与えることもありますし、森さんのように妊娠をきっかけに発症することもあります。できるだけ早いタイミングで主治医に相談することが大切です。
森さん: 私は妊娠をきっかけにSLEを発症しましたが、医療のサポートを受けて無事に出産できました。患者会でも、「SLEを理由に妊娠・出産をあきらめる必要はない。まずは主治医の先生としっかり話し合ってほしい。」と伝えるようにしています。
渥美先生: 繰り返しになりますが、妊娠を希望される患者さんには、妊娠前のなるべく早い段階で主治医と連携先の産科医に相談してほしいですね。SLEの病状は様々ですので、全員の希望にそえるわけではありませんが、その方の状況に合わせて、主治医と産科医、医療スタッフなどがチームでサポートすることが可能になります。
─長期にわたるSLE治療において、医師はどのようなことを念頭に治療を進めているのでしょうか。
渥美先生: まず、SLEの再燃は、将来にわたり患者さんのQOLを低下させる大きな要因となりますので、寛解状態を維持することが治療の最重要課題と言えます。医師は、SLEの疾患活動性(病勢)をモニタリングし、合併症を管理しながら、現在の維持治療が適切であるかを検証したうえで、薬剤を処方しています。
また、私個人は、患者さんの生活上の悩みをきめ細かくフォローしたいと考えています。診察では患者さんとの会話の時間を大切にして、家族や社会など、患者さんを取りまく環境・情報に広くアンテナをはるよう心がけています。
森さん: たしかに個々の症状や検査値だけではなく、一人の人間全体を診てくださる先生が多いように感じます。私も新しい症状や小さな不安など、なんでも主治医に相談するようにしています。
渥美先生: 一方で、SLEの診療に精通している専門医はあまり多くなく、「正しい情報の提供」は大きな課題です。
森さん: 患者会としても講演会や交流会を開催して情報の発信に努めています。ぜひいろいろな方にご参加いただき、皆で一緒に考えていきたいと強く願っています。
渥美先生: 現状、SLEは一般的にほとんど知られていません。病気の広い理解が、患者さんの暮らしやすい社会につながると考えて、医療側でも啓発活動に取り組んでいるところです。
─最後に、SLEと暮らしていて前向きになれる瞬間を教えてください。
森さん: 同じ病気の患者さんの活躍には励まされることが多いですね。社会や地域で活動されている姿や、家事や子育てに一生懸命に取り組まれている姿を目の当たりにすると、私もそうありたいと前向きになれます。気持ちや体験を共有できる存在がいることで救われることもあると強く感じます。
渥美先生: より前向きに治療を継続するためには、「◯◯をやるために治療をする」というような具体的な目標を持っていただくとよいと思います。私は患者さんの行動をなるべく制限しないよう心がけています。よりよく行動できることを目指して治療しているのですから、やりたいことにはどんどんチャレンジしていただきたいですね。
森さん: いまは病気を隠している方ばかりではなく、積極的に情報を発信している患者さんも多くいらっしゃいます。同じ境遇でも活発に活動されている方と出会うために交流会などの場もぜひご活用いただければと思います。
渥美先生: 身近な方を目標設定のきっかけにすることはわかりやすく納得できると思います。もちろん患者さんによって症状は様々ですが、そんな中でできることの判断がつけば、具体的な目標も見つけやすいですね。
取材日:2019年3月