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暮らしのコツ

眠りの国のリトル・ニモ

── 柴田さんは睡眠時間はちゃんととれていますか?

柴田さん いや、やっぱり足りないですね。基本的には23時から24時の間に寝て6時頃起床でしょうか。夏場は5時頃に目覚めるとそのまま起きてしまいますから、夏は早起きになるし冬は寝坊になる。朝は明るくなるのと同時に起きると、いろいろなことがうまくいくように思うんですよ。それが自然なのかな。とは言っても暗くなるのと同時に寝ることはできないですけどね。

鍛治さん 季節によって昼と夜の時間差が大きくなるのであれば、それに社会の仕組みも合わせるほうが、いろいろうまくいくと思うんですが。

柴田さん サマータイムは日本でも戦後一時導入されたことがありましたよね(1948~51年)。その時にうまくいかなかった理由は、一時間早めるとまだ明るい時間に仕事を止めなければならず、まだ明るいのに退社することへの罪の意識や反発があったと聞きます。欧米ではサマータイム制度が普及しているのに、日本で実施されないのは当時の失敗が後を引いているらしい。

── 北海道では札幌商工会議所が2005年から試験的にサマータイム(時計は変えずに企業や役所の始業時間を1時間早める)を行なっていましたが、本社と北海道支社との時間のズレが問題になり、本社や北海道外の取引先との関係を考えると1時間早く退社するわけにはいかず、結局残業だけが増えてしまい、その理由だけではないと思いますが、尻すぼみになってしまったようです。

柴田さん 終身雇用制が崩れ、企業に対する忠誠心はずいぶん下がっているのに、働かないことへの罪悪感が強いですよね。勤労によって支えられているきめ細かなサービスもあるけれど、もう少し緩くてもいいと思います。いずれにしても、就業時間が終われば自分の時間、とは言い難い世の中なんですよね。

── 惰眠への罪悪感も強いですよね。むしろ寝ずに働くことが尊いみたいな……。

鍛治さん フィールドワークで長く滞在して現地の人たちと暮したことのある日本人文化人類学者にインタビューしたことがあるのですが、ケニアの遊牧生活を送る人は、家畜中心の生活なので、家畜の世話さえ怠らなければ、あとは昼寝をしても何をやっていても平気なんですよ。でもエチオピアのような農耕生活中心の地域では、眠ることはネガティブな評価のようです。みんなで農業の生産性を上げなければならないからなのか、一人だけ昼寝している場合ではない感じだったようです。

柴田さん 乱暴な言い方を許してもらえるなら、眠りが贅沢か権利か、ということなんでしょうね。日本はたぶん贅沢なんだろうな。

鍛治さん アメリカではどんな感覚なんでしょうか。

柴田さん どうですかね。ヨーロッパよりは日本に近いかな。眠り以外のことを言うと、夏のバカンスは西欧より短いし、逆に労働時間は長い。でも個人の自由の意識は高いので、そこにはいつも軋轢があって、働かされることへの不満は強いかな。小説に出てくるアメリカ人の「仕事」は、自分を圧迫するものとして描かれることが多い。西欧ではうっとうしいけど付き合わなければならないもの、として書かれているように思います。アメリカは絶対的自由を夢みるから、自由を阻害するものには反発するところがある。西欧は、自分を束縛するものともうまく付き合う成熟した感じ。日本はむしろ自分を束縛するものに仕えて、自分を抑えてそれに尽くさなければならないという意識が強いですよね。

眠りの国のリトル・ニモ

── 滅私奉公ですね。

柴田さん そうですね。誤解を恐れずに言えばそういう日本人だから、どこか眠りを罪悪視してしまうのかな。それともうひとつ問題なのは、眠りたいのに眠れない、不眠に悩む人が増えているという現実ですね。私的な部分では眠りたいけど公的な部分では寝てはいけないという風潮があって、そういうダブルバインドが続いた結果、不眠に陥ってしまうんでしょうか。公的な部分が強すぎるバランスの悪さが、睡眠障害が5人に1人という結果に表れているのかな。

鍛治さん 確かにバランス悪そうなイメージがありますよね。

柴田さん 僕は不眠で悩んだことはないんですよ。不思議なくらいないですね。家で仕事している時は昼食で外出する以外は机にかじりついているんですが、体を動かさなくても10時半くらいになると眠くなりますからね。そのまま11時頃に寝て、途中、2時か3時頃に夜中にトイレに起きて、そこでパッと目が覚めた時はそのまま仕事することもあります。今日も2時半頃に起きたのかな。5時から1時間だけ寝ましたが。

鍛治さん えええー。そういうことって多いんですか?

柴田さん まあ、昨日は少し飲み過ぎて10時前に寝ちゃったからね(笑)。2時や3時に起きて仕事することも以前に比べると減りました。92~93年に駒場(東京大学教養学部)で英語教育の改革をやっていて、全学生が受講する統一授業のプログラムをつくっていたんですが、何しろ責任重大だから、毎日心配で3時頃目覚めて、しょうがないから起きて仕事をして5時頃に眠くなって、少しだけ寝てから大学に行くという生活でしたからね。

── まさにイカーチ教授が研究している分断睡眠ですね。

柴田さん なるほど。アメリカの作家スコット・フィッツジェラルドは「魂の真暗な闇のなかでは、来る日も来る日も、時刻はいつでも午前三時なのだ」*²と書いています。午前3時がもっとも暗い。それにかぶれていたわけではないですけどね、午前3時に目覚めていた頃は、あまり良い気分ではなかったですね。最近は幸い、不安で夜目覚めることはないですよ。

But at three o’clock in the morning, a forgotten package has the same tragic importance as a death sentence, and the cure doesn’t work -- and in a real dark night of the soul it is always three o’clock in the morning, day after day.
Read more: The Crack-Up by F. Scott Fitzgerald - Esquire

── 夜中に目覚めて仕事する時は着替えたりするんですか?

柴田さん 着替えないですよ。夏はそのまま。冬は上着を羽織って机に向かいます。家を新築して床暖房にして、夜のうちに暖めておくから冬はありがたいですよね。夜中に起きても快適です。ストーブ点ける必要もない。

鍛治さん 柴田さんは休息からすぐに覚醒に戻ることができるんですね。

柴田さん そうですね。眠りが浅いのかなあ。眠りは不足気味だとは思うんだけど、でも、電車で寝ることはほとんどないですよ。電車内では疲れ切って寝ている人が多いじゃないですか。そんな人たちを見ると、僕はまだちゃんと寝ているほうだと思うんですよね。

鍛治さん 「COOL JAPAN 発掘!かっこいいニッポン」の「睡眠」でも、山手線で眠る日本人が何人いるか数えてました。

柴田さん 電車で寝るというのは、世界でも日本人が圧倒的に多いと思うんですが、まあ、それだけ安全ということもありますけどね。

── 車内では寝てるかケイタイ見てるかですよね。

柴田さん 携帯電話握りしめて画面見ながら寝ている人もいるからね。

鍛治さん いますよね(笑)。

── そろそろ講義が始まる時間ですよね。柴田さん、今日はどうもありがとうございました。

鍛治さん ありがとうございました。

*2 スコット・フィッツジェラルドの「崩壊」The Crack-Up

「崩壊―フィッツジェラルド作品集」。渥美昭夫、井上謙治編、荒地出版社刊、絶版。雑誌「エスクァイア(Esquire)」の1936年2月号から4月号に 3回連載されたエッセイ。

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