2023年度税制改正により、生前贈与に関する制度が変わることになりました。今までも「暦年贈与」と「相続時精算課税制度」は併用できず、どちらかを選択しなくてはいけませんでしたが、改正により選択が難しくなったとの声をよく聞きます。
それぞれのメリット・デメリットを踏まえて選択する上でのポイントについて、榊原志づか税理士に伺いました。
CONTENTS
■暦年贈与の持ち戻しが3年から7年に!
■相続時精算課税制度に110万円の基礎控除が創設
■暦年贈与と相続時精算課税制度は、どちらを選択したほうが得か?
■親世代の年齢、財産規模、相続人の数などで考える
■生前贈与する際の注意点-目的をはっきりさせ、過度な贈与は避ける
榊原:現行の生前贈与に関する制度は富裕層に有利だと言われていました。相続税はご存じのように累進課税で最高税率は55%です。仮に相続財産で最高税率がかかる財産を持っている場合、相続時に55%の相続税を払うより、200万円以下であれば贈与税は10%になりますので、生前贈与して贈与税を支払うほうが税負担は軽くなります。
本来、贈与税は相続税を補完する役割で設けられた税制ですが、節税対策に使われ不公平感もあることが懸念事項としてありました。そこで、「生前または相続時、どちらで資産を移転しても不公平感のない税制」を目指すための改正が今年度行われ、「相続税と贈与税の一体化」と言われています。
榊原:暦年贈与は年間110万円までの贈与なら贈与税がかからない制度です。令和4年度の税制改正大綱で「相続税と贈与税の一体化」を検討するという記述があり、マスコミが先走って廃止かもしれないと報道していましたが、実際は、廃止されることはありませんでした。
節税対策として、贈与税の年間110万円の非課税枠を利用している方は少なくありません。また、土地オーナーなど将来の相続税の負担がある人は、先に述べたように110万円を超えて贈与税を支払っても節税になるケースもあります。このメリットは改正後も変わりません。
ただし、注意したいのが「生前贈与加算」です。今年度このルールが改正され、2024年1月1日より施行されます。現行では、生前贈与をしてから3年以内に相続が発生した場合、その贈与分は相続財産に戻して加算され、相続税の対象となっています。この持ち戻しの期間が3年以内から7年以内に延長されます。
加算される贈与財産には基礎控除となる年間110万円も含みます。これにより、相続開始前7年間は非課税110万円の節税効果もなくなります。
軽減措置として、延長された4年間の贈与については総額100万円まで控除され、相続財産には加算されません。また、適用時期は2024年1月1日以降の贈与からとなるため、実際7年間分加算されるのは2031年1月以降の相続からとなります。
榊原:相続時精算課税制度は、文字通り相続時に贈与分を相続財産と合計して、一括して相続税として納税する制度です。贈与分に期間はありません。贈与額が累計2,500万円までは非課税で、それを超えると一律20%の贈与税が課税されますが、それも相続時に相続税と相殺されます。
メリットとしては、贈与の場合は贈与時の評価額が適用されるということです。つまり、将来値上がりが期待できる不動産や株などを先に生前贈与してしまえば、後の値上がり分は節税できることになります。
ただし、今までは手続きなどが煩雑であまり利用されていませんでした。
改正では、この相続時精算課税制度にも毎年110万円の基礎控除が新設されました。この基礎控除分は、相続が発生しても相続財産には加算されません。
これは大きなメリットです。これをどのように考えるかが一つのポイントとなるでしょう。
榊原:暦年贈与の生前贈与加算の期間が3年から7年になり、相続時精算課税制度に非課税の110万円基礎控除が創設されたことで、みなさん悩んでいらっしゃいます。
一つシンプルなシミュレーションをしてみたいと思います。
現在、資産が1億円あるとします。10年間にわたり毎年250万円を生前贈与(合計2,500万円)し、11年目に相続が発生(手元財産7,500万円)した場合、暦年贈与と相続時精算課税制度で相続税・贈与税がどの程度変わるのか、その違いを比べてみます。相続人は子ども一人とします。ちなみに、生前贈与せずに1億円を相続した場合の相続税は1,220万円です。
結果、相続時精算課税制度を選択したほうが有利になります。やはり暦年贈与の持ち戻しが3年から7年になったことで大きな影響が出ています。仮に現行の3年だった場合、相続税と贈与税の合計は828万円です。
榊原:そうとは言い切れません。上記は10年でシミュレーションしましたが、仮に20年間続けたとします。細かい計算は省きますが、最終的に相続税と贈与税の合計は暦年贈与が612万円、相続時精算課税制度が640万円と、今度は暦年課税が有利になります。相続時精算課税制度は18年目から2,500万円を超えますので(140万円×18年=2,520万円)、その分贈与税を支払う必要があります。
まず、大切なことは現在の資産の棚卸しをし、相続税の負担がいくらになるか試算することです。
特に土地オーナーはコロナ禍で一休みありましたが、地価はこの10年ほど上昇しています。例えば10年前に遺産分割を公平にしたつもりで遺言書に記しても、土地が値上がっていれば、その分不公平感が出ますので、改めて遺産分割の割合を見直さなければなりません。これだけ上昇トレンドが続くと3年に1度くらいは相続税評価を見直したほうがよいと思います。
榊原:一つは親世代の年齢でしょう。親世代が若いうちは「暦年贈与」を活用し、後期高齢者の75歳、または認知症の発症リスクが高まる80歳あたりになって相続時精算課税制度に切り替えるのも一つの方法です。
相続時精算課税制度を一度選択すると、もう暦年課税には戻れません。110万円の基礎控除ができたからといって、あせって相続時精算課税制度を選択しないように注意してください。
もちろん、資産の額や相続人の人数などによっても変わってくるでしょう。贈与は一人一人に適応されますので、父からは相続時精算課税制度、母からは暦年贈与ということも可能です。また、暦年贈与は孫への贈与の持ち戻しはありません。
このように様々な組み合わせが、資産額や家族構成によって可能です。専門家に依頼して、様々なシミュレーションをしてみることが必要です。
榊原:はい、有効です。まず評価が固定資産税評価額で、さらに借家権割合による評価減もあります。この場合は相続時精算課税制度を活用して贈与することもできます。
もう一つのメリットは家賃収入も親から子に移転することになりますので、親の財産の増加を抑え、子は納税資金として使うこともできます。
またこれからの相続を考えた場合、認知症対策としても先に収益を生む不動産を生前贈与することは有効だと言えます。
気をつけたいのは、ローンが残っている場合です。ローンが残っていると負担付贈与となり、評価が固定資産税ではなく時価になってしまいます。ローンを完済して贈与するのがよいでしょう。
また、将来その土地を相続する際に、入居者が変わると貸家建付地の評価減が受けられなくなる可能性があります。しかし、サブリースであれば入居者ではなく管理会社との契約ですので、管理会社を変えない限りは大丈夫です。
榊原:賃貸住宅の生前贈与もそうですが、他の相続人との遺産分割において公平になっているか、将来遺留分を侵害することにならないか、よく検討することです。公平な遺産分割の視点に立てば、節税が全てではないことも分かるはずです。
また、シミュレーションでは毎年生前贈与することにしましたが、勝手に口座を作り本人の知らないところで贈与したことにする、いわゆる「名義預金」はいまだによく聞く話です。名義預金は必ず指摘され見つかりますので、確実に本人に贈与し、本人が管理しなければなりません。
とはいえ、毎年110万円を子どもに贈与するのもいかがなものかという思いもあるでしょう。そこで贈与の目的をちゃんと知らせることも大切です。例えば将来、いくらの相続税がかかるので、この生前贈与を納税資金としてしっかり確保するようにと伝えておくのはどうでしょう。本人にも相続の意識を持たせることが大切です。
本来、相続対策は節税対策だけでなく、納税資金の確保もセットで考えなければなりません。
もう一つ、過度な生前贈与も避けたいところです。生前贈与は確かに、節税対策として有効な手段の一つであることは間違いありません。しかし、人生100年時代、今後のご自身のライフプランに支障を来すほど生前贈与をしてしまうと、後々困ってしまいます。まずはご自身のライフプランをしっかりと考えることも大切です。
今後も過度な節税対策に対しては税制改正が行われるようです。タワーマンションの相続税評価の見直し、店舗・駐車場などの賃貸オーナーにも関係するインボイス制度など、税制は度々改正され複雑になっています。素人ではなかなか判断するのが難しい時代になってきました。そのためには、日頃から信頼できる税理士とお付き合いし、定期的に見直しをすることも大切なことだと思います。