グローバル役員インタビュー

旭化成は2012年および2015年に米国救命救急医療機器メーカーであるZOLLとバッテリーセパレータメーカーであるポリポアを合計約44億ドルで買収しました。 買収後も旧経営陣でマネジメントを行っているZOLLと新しい経営陣でマネジメントを行っているポリポア両社の経営陣に、統合プロセスやマネジメントの課題について聞きました。

ZOLL

ZOLL
Chairman, Board Director
旭化成(株)
専務執行役員
Richard Packer

――M&A後の統合プロセス(PMI: Post Merger Integration)をどのように評価していますか。

PMIは円滑に進みました。旭化成の“柔軟性”によるところが大きいと感じています。ZOLLの事業は旭化成にとって全く新規で、他の既存事業とはさまざまな点で事情が異なりました。旭化成のPMIチームはこれらに柔軟に対応し、ときにはZOLLに十分な裁量を与えてくれることで、事業の長期的成長には何が最も適切かを考えさせてくれました。状況を精査した上で柔軟に対応するやり方に、「行動が先で後から考える」アメリカ流との違いを感じました。

例えば報酬システムに関してですが、アメリカと日本では考え方が全く異なります。そこで旭化成は、米国のコンサルティング会社を雇い、どのような報酬システムがZOLLにとって最も効果的かを調べました。その結果、モチベーションを維持するためにはもっと別のやり方にすべきではないか、という分析がなされました。これに対し私は、その必要はないと断言しました。当時すでにZOLLでは、従業員が十分に満足して働けるような報酬システムが機能しており、離職率も低く抑えられていたからです。最終的に旭化成チームは、分析結果よりも我々を信頼して、ZOLLのやり方・主張を聞き入れてくれました。そして、それがうまくいったわけです。

柔軟性については、藤原社長(当時)のリーダーシップに負うところが大きいと思います。統合にあたって彼と議論を交わしましたが、その中で彼は「事業を成長させるためにZOLLの従業員をとどめることを最優先してもらいたい。我々旭化成の人間だけでは不十分だ」と常々語っていました。我々も市場を熟知しているのはZOLLの従業員だと信じていたので、我々の裁量を十分に保証する柔軟性を約束してくれたことに感謝しています。

――統合後に見えてきた旭化成の課題等はありますか。

成長への貪欲さが、米企業に比べ少し弱いのではないかと感じることがあります。成長は機会を生み出します。ZOLLでは現状にとどまることを良しとせず、常に成長を求めてきました。旭化成でも、若い人からは成長への貪欲さを感じますが、より上の年齢層も含めると、成長への欲求と具体的な行動が相対的に弱いと感じます。

「常に高いリスクを取って成長を追求すべき」と言っているわけではありません。リスクとリターンのバランスや、多様な事業による安定した経営も大事です。しかしハイリスクとまではいかなくても、いくらかでもリスクを取らない限り成長は望めません。全くリスクのないところに成長は期待できないのです。

――そのような状況の背景には何があると思いますか。

2012年旭化成グループ入りした際
旭化成元社長の藤原健嗣と

年功序列制や終身雇用といった、日本特有の雇用システムの影響があるかもしれません。これらは、日本の高度経済成長期に上手く機能してきたため、成功体験を記憶する人も多くいると思いますが、一方で有能な若い人財を活用する際の障害ともなり得ます。長年勤めた忠誠心の高い社員に、会社は相応のポストを用意していくことになりますが、そのような社員が事業経営に携わったとき、残された限られた時間の中で、できるだけリスクを抑えて安定した経営に努めようとするのは不思議ではありません。もしこれが、これから先20年といった時間を持つ若い社員であれば「よし、これからこの事業を大きくしてやろう。」と、より大胆にリスクを取って挑戦するでしょう。実際に私自身、30代の頃から、自分より10歳も年上の経営陣とともにZOLLの経営に携わり、リスクを取ってきました。例え失敗しても、私にはそれを立て直すだけの時間があるとわかっていましたから。

若い人財をより積極的に活用する方法としては、「ファスト・トラック・システム」のような手法があります。優秀な若い人財に高い権限を与え、早い時期から経営に携わらせるものです。若いうちから先輩社員を追い越すことになるので、摩擦や報酬システム等の課題はあります。しかし、若い優秀な人財に権限を与えて経営に携わらせることは、企業の成長にとって重要です。

会社生活で残された時間が短かければ、人はリスクを取ることを恐れます。逆に、より多くの時間があれば、大胆にリスクを取って成長しようとするでしょう。ただ、年齢を重ねてこそ身につく、さまざまな経験と知恵もあります。それぞれの年齢層にそれぞれの強みと弱みがあり、上手く混ぜ合わせて年齢の多様性を活用することが大事だと思います。「ファスト・トラック・システム」でも、若い人財に経験豊かな先輩社員をメンターとしてつけることで、より高い効果が期待できます。

――「成長が機会を生む」とのことでしたが、旭化成の成長には何が必要でしょうか。

成長は機会を生み、多くの問題を解決してくれます。旭化成とともに働き5年経ちましたが、独自の企業文化や優秀な人財、そして従業員がどれだけ旭化成のことを想っているかが理解できました。PMIで経験した柔軟性が、いろいろな場面でこの会社を成功に導いていることも見てきました。成長に必要な土台は既に出来上がっていると思います。

しかし、それだけでは十分ではありません。成長の追求には、多様な年齢層とローカル人財の活用が必要と考えます。その活用において、柔軟に対応し変化し続けることで、旭化成ならではの強みを土台の上に築いていくことができるのではないでしょうか。そういったことを他の日本企業に先駆けて迅速に行うことで、グローバル化の中で自分たちの競争優位を確立していけると信じます。成長に向けて、真に「多様な人財の活用」が求められます。

25年間経営に携わってきたZOLLを「多様な人財の活用」の観点から振り返って評価すると、まず私自身が若い頃から経営に携わってきた例を見てもおわかりのように、常に年齢の多様性を大事にしてきました。国籍の多様性においても同様です。ZOLLでは、早い時期から海外の事業展開にアメリカ人を送り込まないことにしてきました。イギリスであればイギリス人に、ドイツであればドイツ人に現地の経営を任せてきました。現地の人財によるローカル経営にこだわり、成功してきました。一方で、女性の活用という点では及第点と言えないと思います。優秀な女性社員を経営陣にとどまらせることができなかったからです。これについては、もっと上手に進めていく必要があると思っています。

――最後に、旭化成グループとしてのクリティカルケア(救命救急医療)事業の意義について教えてください。

旭化成の人たちに初めて会ったときのことを覚えています。「誰かの生命が危険なときにそれを救う医療機器があり、それにより人びとの生命が救われる」というZOLLのクリティカルケア事業に彼らは強く心を惹かれていました。100年近い歴史を持つ企業で、主として素材を提供するメーカーが、その存在意義や価値観において人びとの健康な生活や長寿に貢献するとうたっています。壮大な想いであり、アメリカの企業ではあまり見かけません。しかし、旭化成が創造する価値が人びとの“いのち”や“くらし”に関するものであるとしたら、それはまさしくZOLLの使命そのものです。ZOLLは旭化成のミッションに貢献し、旭化成とZOLLの関係はきっと成功するだろうと私は確信していました。

旭化成と一緒になって、ZOLLは目覚ましい成長を遂げています。5年前よりも遥かに多くの患者さんに新しい製品を届け、より多くの人びとの命を救うことができるようになりました。ZOLLのミッションが「人びとの命を救う」であることは以前から変わりありませんが、旭化成グループの一員となったことでよりいっそう速く事業を成長させ、より多くの命を救うことができるようになったのです。

ポリポア

ポリポア CEO
旭化成(株) 常務執行役員
高山 茂樹

――事業を拡大していく上で重要なことは何でしょうか。

ポリポアを取り巻く環境はすさまじい速さで変化しています。電気自動車が普及するにつれ電池の性能も急激に改良されています。それに伴いセパレータに対する要求も日々厳しくなっています。我々はその変化に対応し、品質の高い製品を安定的に供給していかなくてはなりません。重要なことは「急激な変化への対応」であり、変化を的確に察知し、迅速に行動することが経営陣に求められていると思っています。

――変化に対応するため、どのような手を打ちましたか。

PMIの過程において経営陣の刷新を図りました。M&Aの前後でポリポアの経営陣に求められるリーダーシップは変わりました。例えば、以前は資金調達を行うための説明能力が重要でしたが、今の経営陣には旭化成との統合を円滑に進め、急激な変化に対応しつつ、いっそうの事業拡大に向けた行動力が求められています。8人の現経営陣は、3名の女性を含んだ、日本・アメリカ・ドイツ・中国の多国籍からなる、多様性のあるメンバーです。1カ月単位で戦術を変えていくスピード感と長期的に事業を拡大させていく視点を合わせ持っています。もちろん従業員にそれを理解させる力も持っており、日々事業の拡大に向け奔走してくれています。

――旭化成のサポートについてはどのように評価していますか。

リチウムイオン二次電池用セパレータ
「セルガードTM」

セパレータ事業は旭化成の中で最も変化の激しい事業です。旭化成もそれを十分に理解しており、経済性や安全性に十分配慮しつつ設備投資についても柔軟かつ迅速に意思決定してくれます。判断が遅れることはセパレータ事業にとって致命的ですが、旭化成は事業環境の変化や顧客のニーズに対して的確に対応してくれています。

――変化が激しい事業環境下で、従業員のモチベーションをどのように維持していこうと考えていますか。

統合後初となるポリポア、セルガード従業員に対する説明会

モチベーションの維持は重要な課題であると考えています。ある脳科学者が、人間の脳は「変化」を恐れるように思考するので、脳のバランスを保つためには同じ程度の「安定」した要素がなくてはならないと言っているのを聞いたことがあります。その安定要素は会社のビジョンであると私は考えています。顧客のニーズに応じた新規開発や品質改良に必死に取り組む一方、拠りどころとなる会社のビジョンを常に思い描いて仕事をするということです。例えばテスラCEOのイーロン・マスク氏はスペースXというロケット製造開発会社のCEOも務めていますが、そのロケットを用いて「近い将来5万人を火星に移住させる」というビジョンを掲げています。エネルギー問題への危機感や壮大なビジョンが従業員のモチベーションにつながっていると聞きます。ポリポアもエネルギー問題に取り組む企業として、従業員が夢を共有できるような具体的なビジョンを掲げようとしているところです。

一方、変化を「楽しむ」という発想も大切で、そのためには自らの境界を越えて仕事をすることが必要と考えています。アメリカでは個人の成果をはっきりさせるため仕事に境界線を引き、責任範囲を明確にします。しかし、旭化成ではかなり境界線を越えて仕事をします。自分の領域を越えて「挑戦」することは旭化成のグループバリューそのものです。

仕事のモチベーションを向上させるのは、必ずしも金銭的な報酬だけではありません。米国でも最近では“fun(楽しさ)”が重要であるとされています。積極的に自らの領域を越えて仕事をし、そしてそれを会社が奨励するということであれば “fun”という風土の醸成につながるのではないかと考えています。私はぜひポリポアのメンバーにもそうしてほしいと考えており、経営陣で議論を進めているところです。

――グローバル化にはまさに変化への適切な対応が求められます。ポイントは何だと思いますか。

鉛蓄電池用セパレータ「ダラミックTM」

1つ目は、各国の事情に精通した法務、人事、ITなどの管理部門の充実です。ポリポアはグローバルにビジネスを展開し、生産拠点も抱えているため、それらの地域での知見やノウハウが豊富です。これを旭化成グループで活用すべきと考えています。例えばある事業部が、すでにポリポアが展開している地域に進出するとき、ポリポアの知見を活用すれば法的手続きや人事制度、ITインフラの整備などを円滑に行うことができると思います。また、アメリカにはZOLL、ポリポアをはじめ10社のグループ企業が存在しますが、ITに関しては、ポリポアの優れたインフラが旭化成グループの円滑な事業運営に貢献できると考えています。

2つ目は、優れたローカル人財の確保です。例えばダラミックのインド工場立ち上げの際には、優秀なローカルスタッフが主導してくれたことで建設が円滑に進みました。また、いずれの国でも現地で採用したマネジャーやエンジニアは流暢な英語を話し、事業についても一生懸命考えてくれます。こうした素晴らしいローカルスタッフをどのように確保するかがたいへん重要ですが、ポリポアはグローバルな人的ネットワークを有しており、必要に応じて外部の適切な人財にもコンタクトすることが可能です。ぜひ旭化成グループで上手に活用していきたいと考えています。

3つ目は、コミュニケーション機能の充実です。私は3カ月に1度、およそ100人のグローバルリーダーと電話会議を行っています。事業の状況や予算の達成状況、課題について共有しますが、国籍や言語の異なる参加者を意識して資料は極めて平易な英語でわかりやすく書かれており、説明内容や順序にも工夫がなされています。さらに会議の時間帯も世界中の休日に重なってはいけないなど、細やかな配慮がなされていますが、これらの資料作成や会議時間の設定などはすべてコミュニケーションチームが行っています。優れたコミュニケーションチームは、世界中のリーダーと円滑に意思疎通を図り、グローバル経営を推進させるために欠かせない要素だと思います。

――事業の意義についてはどのように考えていますか。

我々の事業は、世界の「化石燃料問題」という課題の解決に大きく貢献する事業です。それゆえエネルギー問題の歴史を塗り替える可能性を秘めており、従業員が家族に自慢できるような素晴らしい事業だと思います。今後もそれをモチベーションとし、一生懸命事業に取り組んでいくつもりです。また、我々はポリオレフィンのフィルムをつくっていますが、これは電池に入った途端に単なる素材から大切な構成部材に変わります。将来100万台、200万台と増えていくであろう電気自動車において電池の安全性確保に貢献し、人びとのいのちを守る重要な役割を担うわけです。品質面や安全面で手を抜くことは絶対に許されません。「クリーンな環境エネルギー社会」を実現するための課題解決に向けて、他にはまねのできない安全で新しい価値を社会に提供していきたいと考えています。