ONE FOR WALL. WALL FOR ONE.
ここ数十年来、余るほどの「衣」と「食」のプレゼンテーションに乗ってわれわれ日本人は「豊かな人生」を模索しつづけてきた。そのためだろう、いつの時代からか「住」への関心が薄れ、「家」のなかにあるべき本当の豊かさの発見が、後回しになってしまった。
もっと「家」をライフスタイルに誘導する手立てはないのか─。これは小誌が創刊以来自問自答を繰り返してきた大きなテーマだ。そして研鑽を重ねるなかで編集部のたどり着いた答えが、「ヘーベルハウス」だった。
ヘーベルハウスには、自らのスタイルを実現するうえで不可欠な「圧倒的な自由空間」が広がっていた。調べていくうちに、その自由空間は強靭な躯体ゆえに可能になった空間だということがわかった。
なかでもALCと呼ばれる軽量気泡コンクリートの壁「ヘーベルウォール」がわれわれの関心を引き付けた最大のエレメントだった。われわれはこの壁について二年余り取材を重ね、その強さの秘密を探ってきた。
そしていまあらたに、なぜその壁が最強なのかを、歴史と科学の視点から確認することができた。今回の特集はページを拡大し、ヘーベルウォールにまつわるサイエンスストーリーをお届けする。
PART1 ORIGIN
最強の壁ヘーベルの原点はスコットランドのラギッドな島で発見された天然トバモライト
マル島の町トバモリーで奇跡の石は見つかった
"これは、マル島のトバモリーに立つ灯台の北側の海岸にある岩礁で、私が発見した沸石(ゼオライト)であり、全体を小さな集晶で覆われている。表面はマッシブかつ繊細な顆粒状で、きわめて薄いピンクがかった白色を放つ。"
この一文は、スコットランドで最も著名な鉱物学者であり旺盛な探検家でもあったマシュー・フォースター・ヘデルが、自らの手で発見した新鉱石「トバモライト」について記した一文だ。
マル島といえば、スコットランドのなかでも最もラギッドでピート香の強いシングルモルト・ウィスキーを産するインナー・ヘブリディーズ諸島に属する。
日本ではスカイ島の「タリスカー」が有名だが、マル島でもウイスキーは蒸留されている。
その蒸留所がひっそり建つ街トバモリーの海岸で、1880年、この美しい鉱石は発見され、ヘデル博士によって「トバモライト」と名づけられた。トバモライトは「奇跡の石」とも呼ばれる。
火山地帯の地下で石灰岩を含む地層にマグマが接触した際、石灰岩に含まれるカルシウムとマグマのケイ素が高温で化学反応を起こし、このとき生成される特殊な変成岩が、地熱によって高温・高圧になった地下水と反応して生成される、類まれな石なのだ。その生成には何万年もの歳月を要するという。
のちに、「これ以上化学反応を起こしにくい、きわめて安定した物質」として認識され、その結晶が優秀な科学者たちによって解明されていく。
スコットランド国立博物館の収蔵庫には奇跡の石とヘデル博士のロマンが眠る
鉱石研究の第一人者が辿った道の向こうにあるもの
トバモライトを発見したヘデル博士は、スコットランド登山クラブ( ScottishMountaineering Club)の第一次名誉会員だったという。その健脚ぶりを鉱物探検にも生かし、彼はマル島のあとで訪れたスカイ島のダンビーガンでもトバモライトを発見した。
このページに掲載した写真は、鉱物探検を行っていた当時に使用していた地図であり、辿ったルートが彼自身の手で記されている。
スコットランド国立博物館の収蔵庫に保管されている資料で、今回現地を訪ねた旭化成ホームズの研究スタッフのために特別に披露してくれた。ヘデル博士の探検以降、トバモライトは世界各地で発見されていくことになるが、その貴重なコレクションも収蔵庫には保管されている。
この天然鉱物がやがて建築の世界で人工的に生成され "宝石"になっていくことを、ヘデル博士は予測できなかっただろう。しかし日本におけるトバモライト研究の第一人者、光田武博士が1988年に記した資料によれば「当時は、化学分析と光学的性質、比重の測定で物質を固定しているが、このときすでにSiの一部をAlが置換していることを報告した」とある。
Siとはケイ素(シリカ)、Al とはアルミニウムのことだ。ヘデル博士は、少なくともトバモライトを含むゼオライトはケイ素が酸素を介して三次元的結晶体を組み立てている物質だと知っており、ケイ素の一部がアルミニウムによって置換されることも知っていた。
スコットランド・オークニー出身。エディンバラ大学教授で、世界的に著名な鉱物学者。
趣味でもあった登山で鍛えた健脚を生かし、地図片手にスコットランドのほぼすべての地域を探検し、
その途上で1880年トバモライトを発見した。
パワーストーンのひとつ「めのう」の研究でも第一人者。
スコットランド国立博物館が収蔵する彼の鉱物コレクションは5700標本にも及ぶ。