最強の壁 ヘーベルを科学する

PART5-1 WALL FOR ONE:旭化成が新しい扉を開けていった

HAUS

PART5-1 WALL FOR ONE

トバモライト研究は日本でさらに進化し旭化成が新しい扉を開けていった

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日本の権威との出会いで科学的研究が加速した

英国アバディーン大学でH.F.W. テイラー博士に師事し、日本におけるトバモライト研究の第一人者となったのが、名古屋工業大学名誉教授の光田武博士である。その光田氏と交流のある旭化成ホームズ住宅総合技術研究所・主席研究員の松井久仁雄博士(下写真)に話を聞いた。

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松井久仁雄氏はトバモライトの研究をベースにALCの理論へと発展させ、2010年に学位論文を書き上げた。タイトルは「軽量気泡コンクリートと
水との係わり」。これにより2011年3月に博士号を取得した。

「光田先生の大きな功績は、トバモライトの結晶構造には2つのタイプがあることを解明したことです。旭化成は昭和36年頃からすでにトバモライト研究を始めていましたが、光田先生と出会って以来、私たちの研究はさらに加速しました」。

松井氏と光田博士との接点は、松井氏が富士研究所に転属し、住宅建材としてトバモライトの研究に携わる1995年まで遡る。

「まず光田先生の論文を片っ端から読みました。ちょうどその当時光田先生は国内ALCメーカーの研究者を集めて勉強会を毎月開いていらっしゃいました。そこに私たち旭化成グループの研究者が参加させていただいたのです。」

この出会いをきっかけに旭化成グループはトバモライト研究を本格的なプロジェクトとし、1998年に世界で初めて科学的に裏付けある理論を構築。"60年耐久"の明示を実現したうえで、「ロングライフ住宅宣言」を行うのである。

最強の壁の素「トバモライト結晶」

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軽量気泡コンクリート(ALC)の主成分であるトバモライト(Tobermorite)。化学組成は「5CaO・6SiO2・5H2O」。

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こちらはALC内部に形成される「独立気泡」のクローズアップ。オートクレーブ内で、原料に由来するアルカリ成分とアルミ粉末の化学反応によって水素ガスが発生し、内部に無数の独立気泡を形成する。この気泡が、軽量・断熱・調湿・遮音性という特徴を生む。

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これは、上に写した独立気泡の気泡間をつなぐ「細孔」をミクロの世界で写したもの。直径は、0.05~0.1ミクロン。この細孔が、火災時には熱で膨張した空気の逃げ道となって爆裂を防ぎ、高度な耐火性を発揮するという。

オートクレーブ養生(180℃の高温、10気圧の高圧蒸気をかけ十数時間養生)によって生成される板状結晶構造体であり、自然界で何万年もの営みによって生まれる天然トバモライトを人工的に再現したもの。その結晶を顕微鏡で見るときわめて緻密で、板がきれいに絡み合っているようなカードハウス構造をしていることがわかる(木や骨など天然の素材がもつ結晶構造に似ているという)。

したがって強度に優れ、熱や水で化学変化を起こさず、物性的にきわめて安定している。寸法変化や腐食とは無縁の「壁」を生み出す原動力のような存在なのだ。

ALCの量と質はトバモライト結晶の性能と密接な関係にあり、より優れた性能をもつトバモライトを生み出すための研究や実験が世界各国のALCメーカーで行われている。その最先端をいくのが松井ドクターなど優秀な研究者・技術者を要する日本の旭化成グループだ。

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SPring-8におけるX 線解析実験(P155参照)のために
旭化成グループが独自に開発したオートクレーブセル。
実際のオートクレーブのミニチュア版で
特殊なX線を透過するベリリウム窓(中央の丸い窓)をもつ。

最強の壁への挑戦は半世紀以上前に始まっていた

昭和30年代、戦後復興が急速に求められる中、国民に豊かな住まいを提供すべく起ち上がったのが、のちに旭化成の社長に就任する宮崎輝(かがやき)だ。

彼の胸の中には「ロンドンにしてもパリにしても、戦火に遭ったとはいえ、実にきれいな家が建ち並び、日本との差に驚くばかりだ。このままでは到底、一流国の仲間入りはできない、住環境を何とかしなければいけない」、そんな想いが常に去来していた。

1959年宮崎は17人の若手社員を起用し、理想の建材を見出すために世界中の技術を探し始めた。7年かけてヘーベルウォールとの出会いが叶い、66年にヘーベル社と技術提携し、国内で生産を開始したのである。この建材は高く評価され、霞が関ビルや帝国ホテルタワー、東名高速道路などに採用が決まる。

1972年には、ヘーベルウォールを一般住宅に使用し始めるが(写真下参照)、驚くべきことに旭化成ではこのヘーベルウォール導入以前の1961年には、すでにトバモライトの研究を行っていた。

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のちに住宅建材としてトバモライトが注目された時に、すぐさま過去のデータを応用でき、そこから一歩先をいく実験や検証、また精度の高い生成方法を構築できたのも、化学メーカーとしてその下地を作っていたからにほかならない。最強の壁への布石づくりは
半世紀以上前に始まっていたのだ。

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1961年、52歳の時に旭化成工業社長に就任した宮崎輝。
戦後復興の鍵は住宅にあると考え、
世代を超えて住み継がれるヨーロッパのような住宅を目指し、
日本独自の新しい住まいづくりに熱意をもって取り組んだ。

日本で創られるヘーベルが世界から最高傑作と賞賛される理由

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兵庫県にある、世界最高性能の放射光を利用できる大型実験施設『SPring-8』。企業がこの施設を利用する場合、その実験が産業発展にどれほど寄与するかなど厳しく精査される。

旭化成は2008年にSPring-8使用の許可を得た。実験目的は、軽量気泡コンクリートの製造条件下におけるトバモライトの生成メカニズムを放射光X線で解析することだった。

簡単にいうとトバモライトが合成する過程を継続的に計測する研究だ。これまでは、生成過程を解析するには、装置を止め、急冷して成分を取り出したうえで分析していたが、この方法ではトバモライトが結晶する反応の瞬間をとらえることができなかった。

そこでX線を透過するベリリウム窓を設けたオートクレーブセル(35ml)という小さくて堅牢な機器をつくり、その中でトバモライトを結晶化させ、強力なX線によって反応過程をライブで追いかけられるよう可視化したのである。

どのタイミングでどういう副産物が生じるか、また石膏などの添加物やアルミなどの不純物を含んだ時にどのように生成に変化が出るかなどを実証できた。この実験の成果により、トバモライト生成機構解明は大きく前進した。目の前の課題を化学式で考えられるようになったのも大きかった。

SPring-8での実験は2010年まで9回連続行われた。同施設では9回にわたり実験使用を認められたのは前代未聞だという。この成果によって2010年に「日本分析化学会 先端分析技術賞」、2011年に「ひょうごSPring-8賞」を受賞。国内外で旭化成の解析技術力とヘーベルの品質が高く評価された。

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兵庫県にある大型放射光施設「SPring-8」。放射光を利用した世界最高レベルの実験ができる。©RIKEN

最強の壁ヘーベルを製造するために、旭化成ホームズでは設備の導入はもちろん、ALCの原料となる珪石やセメントの厳選から、住宅総合技術研究所内での耐久、耐火をはじめとした実験に至るまで、ひとつの手抜きもない体制を整えている。左下の写真は築40年のへーベルハウスから回収したALCの一部の強度をテストしている様子。テストの結果、新築時と同等の4.3t の力に耐え、強度の劣化がないことが確認されたという。ロングライフ住宅へーベルハウスならではの一葉だ。

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本場ドイツの研究者も認める実力

旭化成グループがトバモライトの耐久性理論を化学的に構築し、1998年にロングライフ住宅宣言を行ったことで、日本における工業化住宅のクォリティの高さは世界中にも知れ渡ることになった。

「住宅を長期に使用する資産とするならば、耐久性の明示と維持費用の開示は事業者の責務である」。

これは元旭化成社長の山本一元氏の言葉だが、このような強い意志をもって「住」のフィールドに貢献を果たそうとする同グループの企業精神には学ぶべき点が多い。

トバモライト耐久性理論の研究は、やがて2016年の「外壁パネル保証30年」の明示につながることになる。この特集づくりにご協力いただいた旭化成ホームズの松井久仁雄さんと黒木浩二さんは、2018年9月にドイツのポツダム大学で開催された第6回ICAAC(国際AAC会議)に出席し、その学会の場で研究成果を発表した。

松井さんは科学者として、黒木さんはマーケッターとして壇上でそれぞれの分野の講義を行ったが、彼らの講義はICAACが旭化成ホームズに対して世界を代表するALCメーカーとして発表依頼したもので、世界各地から数多くの関係者が集い、その講義に注目していた。

元ヘーベル社の研究者ショーバー博士は明言する。

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ショーバー博士

「ドイツ本国以外で最初にヘーベルブランドを成功させたのは日本の旭化成でした。これは同社の非常に高い技術力によるものです。本大会でそれを確信し、日本のヘーベルハウスの発展を見ることもでき、とてもうれしく思いました」と。

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HailMaryこちらのコラムはHailMary1月号に掲載されています。

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