心豊かに暮らせる、ということは人間の欲望に関わることです。唯一人間だけが持っている「生活価値の不可逆性」−これも私の作った言葉です−を認めなくてはなりません。人間は一度得た快適性や利便性を容易に放棄できないものです。2030年になって地球環境がどうなるか頭では理解できても、我慢するのではなく心豊かな暮らしをしたい。そのときにどんなライフスタイルが見えてくるか、を考えるのがバックキャストという思考回路です。
そこで我々はそのようなバックキャスティングの手法で50くらいのライフスタイルをつくり、それを1000人に見せ社会受容性を調べました。すると今でもやってもいいよ、という人が70%を超えるようなものが8つくらい出てきました。要は我々がフォアキャストで見ている真横に、バックキャストで見るととても素敵な世界があるのです。その1000人への社会受容性調査を分析して見えてきたのは、潜在的に「自然」「楽しみ」「社会との一体」「自分成長」という4つの強い欲求があることです。そしてもう一つ、人は多少の不便性は受容できる、ということもわかりました。これは驚きでした。
この潜在意識調査で強く出てくる「自然」や「楽しみ」の具体的な形を明らかにするために90歳の方々60人くらいにヒアリング調査をしました。90歳くらいの方は「今は便利になったけど、昔の方が楽しかった」といいます。その楽しさ、失われつつある物事を聞いたところ、70個くらいの貴重なキーワードが抽出できました。これをカテゴライズすると「自然との関わり」「人との関わり」「暮らしのかたち」「仕事のかたち」「生と死への関わり」などが見えてきました。これはまだ結論が出ていないのですが、これらの研究を通して、我々がこれから考えなくてはいけない「自然」や「楽しみ」という新しい価値観をバックキャストの中に入れ込んでいくことができそうな気がしています。
しかし、地球環境を考えるともう一つ、我々が実行しようと考えていることがあります。それはテクノロジーを自然環境の中に探しに行こうということです。その理由は二つ、一つは我々が持続可能な社会を作ろうとやればやるほど環境が劣化するのであれば、地球で唯一38億年にわたり完璧な循環をもっている自然、その循環を最も小さなエネルギーで動かしているメカニズムやシステム、社会性を改めて見直す必要があるのではないか。そしてもう一つは、18世紀イギリスで起こった産業革命は自然との決別により成功しましたが、それが今地球環境の劣化につながっている。それであれば自然と決別しない、大量生産・大量消費にいかない産業革命が存在するのではないか、ということです。
日本ではイギリスより100年も早く産業革命−テクノロジーの庶民化が起こりました。日本のテクノロジーは大量生産・大量消費でなく、遊び・エンターテインメントに向かいました。それは日本人が自然観を失わなかったことにも関係していると思います。完璧な循環を最も小さなエネルギーで駆動するメカニズムを持つ自然、そしてコミュニケーションの連続性があるコミュニティ、これらを新しいライフスタイルの中に入れ込むテクノロジーとして作ることができたら、自然観を失わない新しいテクノロジーの形を増やすことができると思います。
2030年に必要なテクノロジーを自然の循環の中から見つけ出し、それを地球に最も負荷のかからないテクノロジーとしてデザインし直すことで、新しいライフスタイルに必要な新しいテクノロジーの形が生み出せます。
たとえば、電気の要らないエアコン。床や壁や天井が家の中の温度をどう制御しているのか、どうしたらエネルギーをできるだけ使わずそういう材料が作れるか。これは日中50℃、夜間は0℃になるサバンナで常に巣の中は30℃を保っているシロアリの巣に目をつけました。他には、汚れがつきにくい表面、今日本人は洗浄のために年間40億トンの水を使っていますが、汚れがつきにくく落としやすくするにはどうしたらいいか。これはカタツムリの殻の表面に注目しました。水のいらないお風呂。一度に300リットルの水を使いお湯をわかすエネルギーが使えなくなったらどうするか。泡が見えてきました。アワフキムシは泡で熱を運び、泡がはじけるときに汚れを落とします。そして微風でも回る風力発電機。風鈴を鳴らす程度の風でいつもクルクル回っているような風力発電機は作れないか。見つけたのはトンボです。トンボの羽根の断面はギザギザで、それが空気の渦を作りわずかな風でも浮力に換えているのです。
最後は自然の話をしましたが、バックキャストで新しいライフスタイルを作り、そこに新しいテクノロジーを入れ込んでいく、そこに新しいエネルギーの使い方が出てきて、フォアキャストで考えるより素敵なライフスタイルが見えてきます。これが今我々が考えている、新しい暮らし方のかたちです。