──まず先生が関節リウマチをはじめとする膠原病領域に進まれた理由をお聞かせいただけますか。
桑名:大学時代から、細菌など異物に対して作動する免疫が自己を攻撃する自己免疫に興味があり、その代表的な疾患である膠原病を専門に選択しました。ただ、関節リウマチの治療は今でこそ寛解達成が容易になり、私たちはもちろん、患者さんも前向きに治療に向き合えるようになっていますが、当時の状況は全く異なり、診療現場は想像以上に厳しいものでした。現在のような有効な治療法がなく、治療効果を実感できないことから患者さんは希望が持てず、わたしたちもそれを患者さんに伝えなければなりませんでした。
──それが近年は大きく変わったと。先生は“今では”とお話になりましたが、関節リウマチの診療が変革し、多くの患者さんが寛解に到達できると実感できるようになったのは、感覚としてはいつ頃からでしょうか。
桑名:10年くらい前だと思います。その頃には、複数の生物学的製剤が登場し、その使用経験が蓄積され、効果だけでなく安全性を向上する治療指針が確立されました。その結果、自信を持って生物学的製剤を使用できるようになりました。また、2011年には、関節リウマチ治療の第一選択薬であるメトトレキサート(MTX)の用量の上限が8mg/週から16mg/週に増量されたことも治療効果の向上に大きく貢献しました。今ではほとんどの専門医の共通の認識として、早期に専門施設で診断、治療を始められれば、関節変形が進んで、将来、関節リウマチのために手術が必要になる患者さんはほとんどいなくなると考えています。
■ 早期からできるだけ速やかに適切な治療をするためにも、専門医への相談を
──MTXやNSAIDs、ステロイド以外にも関節リウマチの薬物治療には、生物学的製剤や、最近登場したJAK(ヤヌスキナーゼ)阻害剤など、さまざまなくすりがあります。その中で関節の破壊を防いで、寛解を目指すためには、どのようなステップでくすりの選択をされるのでしょうか。
桑名:関節リウマチの薬物治療は2014年に策定された関節リウマチ診療ガイドラインや海外で確立されたリコメンデーションに沿って行います。まずは、MTXを投与し、それが3カ月で治療効果がみられない、もしくは6カ月で寛解もしくは低疾患活動性に到達できなければ生物学的製剤やJAK阻害剤を併用していく流れです。
しかし、これはあくまでも目安に過ぎません。関節リウマチの治療は個々の患者さんの症状の程度や日常生活動作に対する影響、将来的に関節破壊の進行が早いのか遅いのか、患者さんが持っている合併症等、あらゆる情報を総合的に判断して、一人一人に最適な薬物治療を提案していきます。
──あくまでも患者さんの状態に合わせたオーダーメイドの治療ということですね。
桑名:その通りです。患者さんに十分認識しておいていただきたい重要なポイントは、関節リウマチは「早期に適切に」治療することができれば、炎症を鎮めて関節変形の進行を抑えられることです。裏を返せば、関節リウマチは進行性の病気なので、発症早期に関節炎が鎮静化できず、炎症が持続すれば関節の破壊は進行してしまいます。たとえば、がんも、発見が遅れ、すでに大きくなったり、転移している場合は治療が難しく、予後が悪くなります。一方、早期に発見して治療すれば、がんは治る病気になりました。その点で、関節リウマチはがんと同じといえます。関節リウマチも、早期からできるだけ強力な治療を始めて、まず、炎症を完全に抑え、臨床的寛解を達成することが目標になります。実際、我々の施設でも、合併症のない患者さんに対してはMTXを8mg/週、もしくは10mg/週からはじめて、患者さんの症状をみながら2-4週間ごとに2mgずつ増やします。MTXを副作用の対応が可能な最大用量を使用しても炎症がおさまらない場合、生物学的製剤またはJAK阻害剤を積極的に上乗せしています。スピーディーに寛解を目指す治療を行うことが大切です。
──速やかに寛解に至る治療を受けるためには、やはり関節リウマチが疑われた場合、まずは専門医を受診したほうがよいでしょうか。
桑名:その通りです。まず、関節リウマチの診断には、関節症状をおこす他の病気を除外する必要があり、特に早期には診断の難度が高くなります。また、専門医と非専門医が同じようにガイドラインやリコメンデーションに従って治療しても、寛解に到達するまでの時間に差が出ます。専門医は、活動性評価や副作用管理の経験から、タイミングを見逃さずに頻繁かつ厳密な治療調整ができます。関節の変形が進む前に、少しでも早く寛解に到達することが最終的な患者さんの予後を良くすることがはっきりしていますので、早いタイミングで、ぜひ専門医を受診していただきたいと思います。寛解が達成できた後は、その維持をしながら、合併症や薬剤安全性の管理を継続します。長期間安定し、かつ薬剤の減量や中止ができれば、以降の診療をかかりつけの先生に引き継ぐこともできます。
専門医や生物学的製剤を使用している施設を簡単に検索できるサイトがあるので、このような情報も活用していただきたいです。
■ 医師に伝えたいことはメモ書きで準備
──薬物治療中のリウマチ患者さんに心がけてほしいことがあればお教えください。
桑名:関節リウマチに限らず多くの慢性疾患の治療に共通することですが、「治療は医師と患者さんの合意のものとで進めていく」ことが大切です。この点は欧州リウマチ学会のリコメンデーションの中でも重要なポイントとして掲げられています。つまり、医師が一方的に治療方針を決めるのではなく、医師が治療選択肢を提示し、患者さんにメリットとデメリットを理解していただいた上で、納得のもとで治療をしていきます。また、最近は病気の状態や治療の効果判定の中に患者さん自身の主観も評価することが当たり前になっています。PRO(Patient Reported Outcome)と呼ばれますが、当院でも患者さんに毎回の診察時にアンケートを記入していただいています。治療を医師に任せるのではなく、患者さん自身が病気の状態やくすりの効果を管理する意識を持つことが重要です。
──患者さんに自分の病気の状態を日頃から意識いただき管理してもらうということですね。
桑名:そうですね。例えば、患者さんに毎回同じアンケートを渡すのですが、個々の項目をチェックしていく中で、「そういえば、この項は以前できなかったけど、今はできるようになった」など、自身で意識することができます。そうすることで、患者さん自身も自分の状態を把握できます。PROを通して、患者さんと医師が一緒にタッグを組んで治療する時代になっています。
──リウマチのような慢性疾患は治療期間が長くなり、その中でさまざまな疑問や不安を抱えることも多いと思います。そういう場合、通常、先生には聞きにくく、看護師などのスタッフに聞く患者さんが多いようです。ですが、今お話しされたことをふまえると、先生に直接ご相談した方がいいということでしょうか。
桑名:内容にもよりますが、症状については医師に直接相談したほうがよいと思います。ただし、診察室では緊張したり、時間的な制約もあるかもしれません。そこで、伝えたいことがある場合は事前にメモに書いていただくことを勧めています。アンケートに直接記入することでも構いません。アンケート調査は、医療側が情報を得るだけではなくて、医師と患者さんの間をつなぐ、1つのツールとして役立ちます。PROは関節リウマチの診療に不可欠ですので、患者さんもどんどん活用してください。
患者さんアンケートの例
- 靴ひもを結び、ボタン掛けも含め身支度できますか?
- 就寝、起床の動作ができますか?
- いっぱいに水が入っている茶碗やコップを口元まで運べますか?
- 戸外で平坦な地面を歩けますか?
- 身体全体を洗い、タオルで拭くことができますか?
- 腰を曲げ、床にある衣服を拾い上げられますか?
- 蛇口の開閉ができますか?
- 車の乗り降りができますか?
なんの困難もない、いくらか困難である、かなり困難である、できないの4 項目で回答
──患者さんが気になった症状を記載しておくことは、くすりの副作用に気づくためにも有用でしょうか?
桑名:その通りです。副作用の把握が遅れることを避けるためにも、気になる症状があればできるだけ医師に相談することをお勧めします。そのためにも、日々、気になった症状を記載しておき、診察時にきちんと医師に伝えると良いでしょう。また、すぐに専門医にかかれない場合は、関節リウマチのくすりを服用していることを医療側に伝えるために、くすり手帳、製薬会社が作成した指導箋や体調管理ノートなどを持参して受診してください。特に複数の病気があったり、多くのくすりを服用することがある高齢の患者さんほど実践して下さい。
──こうした取り組みが奏功している手応えのようなものはありますか。
桑名:例えば、MTXや生物学的製剤は15年以上使用されていますが、以前に比べると重篤な副作用の発現は大幅に減っています。医療側だけでなく、患者さんの側も積極的に治療に参加しているからこそ、安全性管理が向上している結果ではないかと考えられます。
関節リウマチ治療のポイント
- 疾患を早期にコントロールするために、専門医への早めの受診を心がけましょう
- 診察時には、自分の状態を紙にメモして、医師に伝えましょう
- 日々、自分の状態を意識し、メンテナンスしましょう