くらしノベーションフォーラム レポート

第3回 くらしノベーションフォーラム  2010.12.13開催

テーマ:いまどきの子ども 〜からだ、心、生活を知る〜

講 師:野井真吾氏
埼玉大学 教育学部 准教授
1968年東京都生まれ。2002年日本体育大学 大学院体育科学研究科 博士後期課程修了[博士(体育科学)取得]
2003年、東京理科大学 理工学部 教養 専任講師を経て、2006年より現職。
専門分野は教育生理学、発育発達学、学校保健・学校体育学、体育学。
※上記分野を専門として、子どもの“からだ”にこだわった研究を進めている。

はじめに─今、子どもの“からだ、心、生活”がちょっとおかしい

私は「子どものからだと心・連絡会議」というNGOで活動しています。この団体は国際児童年の1979年に結成し、保育園・幼稚園から大学までの教師や養護教諭、栄養士、調理師、医師、保健師、そして親や子どもも参加して、日ごろ子どもに接していて感じることを皆で出し合い、議論しながら、子どもの“からだと心”に現れている「おかしさ」を何とかくい止め、子どもたちを“いきいき”させるために活動をしています。その中で、報告されるさまざまなトピックスを集め、分析し、チャート化してみることで、それぞれ何が原因となり、何が影響しているのかが見えてきます。そんな実感をもとに仮説を立て、保育・教育の現場で20年ほど調査を行なってきました。今起きている「ちょっとおかしいこと」は子どもたちからのSOSなのではないか。私たちは、2つの機能の育ちにくさ、ということをご報告したいと思っています。一つは血圧や体温の調査から見えてくる自律神経機能の育ちにくさや不調、もう一つが大脳活動の特徴から見えてくる前頭葉機能の育ちにくさや不調です。自律神経はからだを意識的、自律的にコントロールしてくれますので、子どもたちの自律神経を見ていくことでからだの様子を見ることに繋がります。一方、最近の脳科学で、心のコントロールは前頭葉がコントロールしていると言われています。前頭葉の様子を見ることで子どもたちの心の特徴を見ることに繋がります。

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自律神経機能(からだについて)

中高生の一日の体温を調べました。朝起きた時点の体温が36度ある子どもたちをAverage群、それに満たない子どもたちをLow群としますと、Low群の子どもたちは(1)朝だけでなく一日中ずっとAverage群に較べ体温が低い。(2)体温がピークに至る時間帯がAverage群に較べ遅い。(3)Average群はピークを過ぎるとにわかに体温が下がるのに対し、Low群は夜寝る時間になっても体温がほとんど下がらないまま。ということがわかってきました。体温が低いということは体の活動水準が低いということで、いわば準備体操をしないまま運動をするようなものです。Low群の子どもたちが、朝起きられない、朝ご飯が食べられない、午前の授業で居眠りをする、というのはこういうことなのかもしれない、と思いました。小学生を対象とした他の調査ではLow群の子どもたちは睡眠時間が短く、塾での学習時間が長いこともわかっています。体温は自律神経によってコントロールされており、意志に基づいて上げたり下げたりはできません。これらの現象からLow群の子どもたちの自律神経機能に発達不全と不調があるのではないかと心配しています。かつての日本には、自然に自律神経への刺激が随所にありました。今の子どもたちに何が起きているのでしょうか。

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私たちはメラトニンというホルモンに注目しました。メラトニンにはいくつか作用がありますが、ここでは「沈静作用」に注目します。メラトニンは「眠りのホルモン」といわれるようにメラトニンの分泌と睡眠には関係があることが知られています。通常、人は朝に光を浴びると、夜間、メラトニンが生成され、それが一定時間後に分泌されることで眠りが誘われます。しかし、外遊びをせず太陽光を浴びる機会が減ったことで体内のリズムが崩れ、また一方で夜になってもコンビニや塾やテレビ、ゲームなどにより必要以上に明るい光刺激を受けることで、メラトニンの分泌が抑えられてしまい、体内リズムが狂う〜眠くならないという現象が起きています。睡眠に問題のある患者さんに対して薬による治療が行なわれますが、午前午後2時間ずつ、太陽光の下にいるのと同じ強い光を浴びてもらったところ、メラトニンが増えて、薬を使わなくてもある種の睡眠問題が片付いてしまった、という報告もあります。以前と比べ外遊びの機会が減っている子どもたちに対し、私たちは日中の光の浴び方が夜のメラトニンの分泌を左右する、ということにもっと気を配った方がいいのではないかと思っています。また、夜のコンビニや塾など、子どもたちは夜になっても強い光の刺激を受けています。その光刺激によって、メラトニンの分泌が抑えられてしまいます。その結果眠くならず、なんとなく夜更かしをして睡眠不足になってしまうのです。今の日本では昼夜を問わず明るい生活環境にあり、テレビやゲーム、そしてそこから出てくる電磁波もメラトニンの分泌を抑制するという報告があります。メラトニンの抑制が子どもたちの生体リズムを乱し、自律神経機能の発達不全と不調を起こしているのではないかと思っています。

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ここに30泊31日という長期キャンプの事例があります。参加した子どもたちの唾液からメラトニンを測定したところ、キャンプの参加前には夜になってもあまり眠くならず、朝は眠くて仕方のない状態だったのが、キャンプ2、3日目くらいには標準の生体リズムが整えられてきていることがわかりました。半月くらい経つころには、そのばらつきもだんだん小さくなり、朝元気に起きて、ピークが9時半くらいにある、理想的な状態の子どもが増えてきました。しかし、キャンプが終わってひと月経った頃、また唾液を測定してみると、すっかり元に戻ってしまった、というデータです。キャンプの間、子どもたちは「早寝・早起き・朝ご飯」などと言われなくても、外遊びで光を浴び、夜はテレビもゲームもなく暗くなるという環境が整えば、自然に生体リズムが整えられ、元気を取り戻しますが、キャンプが終わって環境が元に戻ると、生体リズムも元に戻ってしまうということがわかります。

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