「二世帯住宅」40年とこれから

60年代6人世帯、80年代4人世帯最多から2010年1人世帯が最多の時代へ

「二世帯住宅」は旭化成が造った言葉

「二世帯住宅」は旭化成が造った言葉

旭化成が住宅関連事業を始めたのが1972年。
「二世帯住宅」という呼び名は、1975年に旭化成のへーベルハウスのカタログに使われた「二世帯シリーズ」に始まります。
今では一般的に使われている「二世帯住宅」という言葉は、もともとは旭化成が造った商品名だったのです。
この時提案されたのは、1階が親世帯、2階が子世帯と、上下で世帯のスペースを分け、それぞれにキッチン、水回り、玄関があり、2階の子世帯の玄関には外階段でアクセスするプランでした。いわば二世帯用のマンションです。
なぜ、当初はこのような形だったのでしょうか。

最初は2つの核家族が独立して住める、上下分離型

1960年代以前は親子同居が一般的で、生活、生計を共にする「べったり同居」が当たり前でした。
ところが都市では60年代以降サラリーマン人口が増大し、親世帯、子世帯がそれぞれの収入を得て暮らすようになってきます。
結婚したら親の家から独立して家庭を築き、別々に住む核家族がもてはやされ、団地ブームが起こります。
そして彼らが持ち家取得へと向かう70年代にはニュータウン建設が盛んになります。
ニュータウン開発は郊外へと次第に広がっていき、長距離通勤も普通のことになりました。電車の乗車率は定員の倍以上で、乗り切れない人を駅員が押し込むのが日常の「痛勤」風景でした。
このような状況の中、戦前から都市に住んでいた親の土地の広さを活かして、自分の育った土地に住もうという気運が生まれてきます。
親の住まいである母屋を、一棟で世帯別に核家族として住める二世帯住宅へ建て替える。理想は核家族が独立して住める暮らしですから、家の中の空間はできるだけ分かれていたほうがよいことになります。
こうした「分離」がベースの二世帯住宅が、バブル期の土地価格の高騰もあって、80年代後半から急速に受け入れられていきました。

最初は2つの核家族が独立して住める、上下分離型葉

一世帯多人数から、少人数世帯の増加へ

ここで、世帯人数の変遷についても見てみましょう。
1960年までは、6人以上の世帯が最も多くなっています。70年代から80年代にかけては4人世帯が増加しますが、90年代に入ると1人および2人世帯の方が多くなり、2010年には1人・2人世帯合計で3000万世帯となっています。
その中で65歳以上の1人・2人世帯は1000万世帯で、約3分の1を占め、4人世帯の数に匹敵します。この1人・2人世帯と3・4人世帯の組合せで住むのが二世帯住宅です。

一世帯多人数から、少人数世帯の増加へ

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