
客室、池、能舞台が光で結ばれる
手入れが行き届いた古い日本建物のクラシックな味わい。しかし、いたずらに歴史を誇るような嫌みはありません。奇抜さや派手さを抑え、モダンな設えや現代美術などを和と調和させて、館内は心地よく寛いだ空気に満たされています。館内の調度品も眉目良く、取材当時は北大路魯山人の器で饗応を受けました。このお宿の見所でもある、池に浮かぶような能舞台「月桂殿」は、どの部屋からも望むことができます。夜になると能舞台は光に照らされ、独特の雰囲気をつくりだします。客室との距離感も絶妙で、演能の響きも見事。客室、水面、能舞台が光で結ばれて、照明がつくりだす空間の広がりを実感できるでしょう。近年は飲食店などでも、開口部越しに見える庭の夜景は空間演出の大切な要素になりました。庭に灯る光は、それを眺める部屋の空間に広がりをもたらしてくれます。これも照明の効用と言えるでしょう。明るくすることだけが照明の目的ではありません。
明るいことの価値
夜の池に映し出される能舞台が醸す静穏な空気。冒頭にも書きましたが、水と光がつくりだす自然な揺らぎには、場をなごませる力があるのかもしれません。炎の揺らぎにも同様の効果があるのでしょう。「あさば」は、モダンな光の演出だけではなく、かがり火やキャンドルの炎が館内に配されて、揺れる光に照らされる雰囲気が人々をもてなしてくれます。都市で暮らす人々は、日常生活で裸火や炎に接する機会は多くありません。とある雑誌編集者が実家に帰省した折に、部屋で好みのキャンドルに火を灯すと、高齢のご母堂から停電の夜のようで侘しいと揶揄されたそうです。戦後、日本人は「明るいこと」が贅沢なのだと育てられたので、その世代の人々はろうそくの炎のような小さな灯りに惨めさを感じるのかもしれません。その後、私たちは、新しい空間や異文化の体験などを経て、明るさだけが「光」の価値ではないことに気づくようになりました。昨今はキャンドルや暖炉の炎も再評価されているようです。夜の部屋を煌煌と照らすだけではなく、水や炎の揺らぎのある光で過ごす夜も楽しんでみてください。
「楽園のあかり」が、みなさんの暮らしの灯りを考え直すきっかけになりますように。


三好和義
みよし・かずよし ● 1958年徳島生まれ。85年初めての写真集「RAKUEN」で木村伊兵衛賞を受賞。以降「楽園」をテーマにタヒチ、モルディブ、ハワイをはじめ世界各地で撮影。その後も南国だけでなくサハラ、ヒマラヤ、チベットなどにも「楽園」を求めて撮影。その多くは写真集として発表。近年は伊勢神宮、屋久島、仏像など日本での撮影も多い。近著は『死ぬまでに絶対行きたい楽園リゾート』(PHP)。日本の世界遺産を撮った作品は国際交流基金により世界中を巡回中。
ご紹介頂いた宿 : あさば
静岡県伊豆市修善寺3450-1 tel. 0558-72-7000
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