
熱帯であるがゆえの甘美さ
真っ白な壁と白大理石の床に敷かれた絨毯、コーナーの大ぶりのソファでまどろむ老人、客室に設けられたバルコニーの日陰でお茶を楽しむ人々。熱帯特有のまとわりつくような湿気のある空気の中、「ラッフルズ シンガポール」の館内には、「古き良き時代の雰囲気とはこういうものか」と思わせる光景が繰り広げられています。刺すように強い赤道の日差しは、吹き抜けのホールでは、絶妙なバランスで空間内に拡散され、空間は美しい光に満たされています。植物園のような庭やパームコートの深い緑に反射する光は目に優しく、熱帯で快適に過ごすさまざまな知恵や工夫が凝らされているのでしょう。フロアのあちらこちらに置かれた南国の生花も、甘美な雰囲気を盛り上げているようです。やがて日が暮れると、クラシックなシェードを持つ照明器具にあかりが灯り、オーセンティックで抑制の効いた照明手法の心地よさに気付かされます。特に夕方、空の光がわずかに残る時間の「ラッフルズ シンガポール」のエキゾチックな佇まいは、ぜひ堪能して欲しいと思います。灯りはこんなにもロマンチックな景色をつくりだすことができるのです。
植物を照らす灯りの妙
最近「ラッフルズ シンガポール」を訪れて改めて感じたのは、植物と照明の組み合わせの妙でした。庭の巨木の大ぶりの葉に反射した光は、風に揺れ、その葉の間から煌々と輝く月が覗くと、植物自体が壮大な照明装置のように感じられました。その光の効果と相まって「ヤシの葉とはこんなに大きいのか」と、熱帯の緑の力強さに驚かされ、緑と照明の組み合わせの面白さを実感しました。照明は机上や枕元、壁やモノを照らすものとして計画しがちですが、庭の緑や部屋の植木に光を当てると、風にそよぐ葉に光が反射したり、葉陰から灯りが溢れ、新しい夜のシーンを演出できると思います。LED照明なら熱で観葉植物を傷める心配も少なく、また器具も小型なのでうまく隠すこともできるはずです。LED照明の進化はめざましく光の質も向上して、撮影しても、以前のような、どこか不自然な感じはかなり払拭されました。この新しい自由な光をどこにどう使うのか。私たちの知恵のつかいどころです。
「楽園のあかり」が、みなさんの暮らしの灯りを考え直すきっかけになりますように。


三好和義
みよし・かずよし ● 1958年徳島生まれ。85年初めての写真集「RAKUEN」で木村伊兵衛賞を受賞。以降「楽園」をテーマにタヒチ、モルディブ、ハワイをはじめ世界各地で撮影。その後も南国だけでなくサハラ、ヒマラヤ、チベットなどにも「楽園」を求めて撮影。その多くは写真集として発表。近年は伊勢神宮、屋久島、仏像など日本での撮影も多い。近著は『死ぬまでに絶対行きたい楽園リゾート』(PHP)。日本の世界遺産を撮った作品は国際交流基金により世界中を巡回中。
ご紹介頂いた宿 : ラッフルズ シンガポール
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