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暮らしのコツ

楽園写真家が語る「楽園のあかり2」vol.3写真家:三好和義

リゾートホテルでは心身ともにリラックスできて、ぐっすりと眠ることができた。そんな経験をした方は多いのでは。それは、リゾートホテルの「夜のあかり」と関係があるのかもしれません。世界のリゾートを写真に収めてきた「楽園写真家」の三好和義さんに、「楽園」の印象深い「夜のあかり」を語っていただくコラム「楽園のあかり」の第2弾がスタートしました。美しい写真と三好さんの言葉から、快適な暮らしの照明のヒントを見つけてください。第3回は伊豆修善寺で350年以上の歴史があるお宿「あさば」の灯りのお話です。

あさば)

夜の池に浮かぶような能舞台、揺れる光を眺める和みの時間。あさば(伊豆修善寺/静岡県)私が「あさば」を撮影で訪れたのは2005年のことでした。500年以上前に伊豆の修禅寺門前に宿坊が築かれ、その後、1675年に温泉宿として創業した歴史ある名旅館です。桂川上流からの清流が注ぎ込む大きな池と600坪の見事な庭園。この庭園の池を囲むように17の客室が設けられ、それぞれの客室は池に向かって開かれています。その先には、明治の頃に東京・深川の富岡八幡宮から移築した能舞台が佇み、背後には立派な竹林が風にゆらいでいました。「あさば」の光の演出は、玄関のサロンから始まります。夕刻に暖簾をくぐると、かがり火やろうそくの灯火が出迎え、赤い炎は池の水面に揺らぎ、その光景は見飽きることがありません。ゆらめく光には、場をなごませて、心を落ち着かせる力があるのだと思います。

客室、池、能舞台が光で結ばれる

手入れが行き届いた古い日本建物のクラシックな味わい。しかし、いたずらに歴史を誇るような嫌みはありません。奇抜さや派手さを抑え、モダンな設えや現代美術などを和と調和させて、館内は心地よく寛いだ空気に満たされています。館内の調度品も眉目良く、取材当時は北大路魯山人の器で饗応を受けました。このお宿の見所でもある、池に浮かぶような能舞台「月桂殿」は、どの部屋からも望むことができます。夜になると能舞台は光に照らされ、独特の雰囲気をつくりだします。客室との距離感も絶妙で、演能の響きも見事。客室、水面、能舞台が光で結ばれて、照明がつくりだす空間の広がりを実感できるでしょう。近年は飲食店などでも、開口部越しに見える庭の夜景は空間演出の大切な要素になりました。庭に灯る光は、それを眺める部屋の空間に広がりをもたらしてくれます。これも照明の効用と言えるでしょう。明るくすることだけが照明の目的ではありません。

明るいことの価値

夜の池に映し出される能舞台が醸す静穏な空気。冒頭にも書きましたが、水と光がつくりだす自然な揺らぎには、場をなごませる力があるのかもしれません。炎の揺らぎにも同様の効果があるのでしょう。「あさば」は、モダンな光の演出だけではなく、かがり火やキャンドルの炎が館内に配されて、揺れる光に照らされる雰囲気が人々をもてなしてくれます。都市で暮らす人々は、日常生活で裸火や炎に接する機会は多くありません。とある雑誌編集者が実家に帰省した折に、部屋で好みのキャンドルに火を灯すと、高齢のご母堂から停電の夜のようで侘しいと揶揄されたそうです。戦後、日本人は「明るいこと」が贅沢なのだと育てられたので、その世代の人々はろうそくの炎のような小さな灯りに惨めさを感じるのかもしれません。その後、私たちは、新しい空間や異文化の体験などを経て、明るさだけが「光」の価値ではないことに気づくようになりました。昨今はキャンドルや暖炉の炎も再評価されているようです。夜の部屋を煌煌と照らすだけではなく、水や炎の揺らぎのある光で過ごす夜も楽しんでみてください。

「楽園のあかり」が、みなさんの暮らしの灯りを考え直すきっかけになりますように。

Kazuyoshi Miyoshi
Kazuyoshi Miyoshi

三好和義

みよし・かずよし ● 1958年徳島生まれ。85年初めての写真集「RAKUEN」で木村伊兵衛賞を受賞。以降「楽園」をテーマにタヒチ、モルディブ、ハワイをはじめ世界各地で撮影。その後も南国だけでなくサハラ、ヒマラヤ、チベットなどにも「楽園」を求めて撮影。その多くは写真集として発表。近年は伊勢神宮、屋久島、仏像など日本での撮影も多い。近著は『死ぬまでに絶対行きたい楽園リゾート』(PHP)。日本の世界遺産を撮った作品は国際交流基金により世界中を巡回中。

ご紹介頂いた宿 : あさば

静岡県伊豆市修善寺3450-1 tel. 0558-72-7000

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