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暮らしのコツ

シンガポールの「夜のあかり」

シンガポールのナイトライフ

 日の明けるのも遅いが、日が暮れるのは年間を通じて19時過ぎというシンガポールでは、夕方以降の屋外のアクティビティはとても賑やかだ。日中は熱を避けてエアコンのきいた屋内で過ごしがちな住民たちも、一日の勤めを終え日が落ちる時間になると、屋外の飲食施設や、ショッピング街にぞろぞろ集まり始め街は人で溢れかえる。ショッピングモール・商業施設は軒並み夜9~10時頃まで営業しているし、深夜以降も空いている飲食店も多い。個人営業やオフィス街の店舗は別として、週末もほとんどの商業施設は営業している。寒さに震えることもなく、治安がよいことも手伝って、小さい子連れで遅い時間まで外出しているファミリーの姿も多い。
 子供たちの夜更かしに寛大な親も多く、厳しい教育システムの中で勉学に追われる公立校の子供たちの日常生活も含め、成長期にある子たちの睡眠時間が十分でないことが問題になることもあるようだ。メガネをかけているローカルっ子がやけに多いのは、早期教育が盛んなことに加えて、暑さを避けて日中外で遊ばず、家でコンピュータゲームなどをして過ごすことが多いからだと言われている。目がよくなるランプ、なんていうのがあれば、教育熱心な親たちはとびつくかもしれない。

1.シンガポールの副都心として機能し始めた埋立地マリーナベイの夜の光景。日本でも話題のカジノ付きリゾートホテル「マリーナベイサンズ」、「アートサイエンス・ミュージアム」第二の国立植物園「ガーデンバイザベイ」などが次々とオープンしている。 2.3.深夜以降も空いている飲食店が多く、治安も良いので、家族で遅い時間まで外出しているファミリーの姿も多い。

都市計画としての環境照明

 さて、東京23区内と同じくらいだと比較される小さな都市国家シンガポールが、国家主導の厳密な都市計画によって街づくりが行われてきていることは広く知られているが、この国では夜の光環境がどうあるべきかを計画する市街地の環境照明のマスタープランというものまで存在する。
 高温多湿の快適とはいえない気候の都市生活では、昼間の太陽を避けて生活するからこそ、日が落ちたあとの快適な都市環境を計画することはとても大切なことで、現在は市街地の中心となる繁華街、ビジネス地区、川沿いの商業地区、ベイエリアといったエリアがそれぞれの特性を生かし、"トロピカルコスモポリタン"なシンガポールらしい街の照明プランに沿って街づくりが整備されている。具体的に言えば、涼を感じさせる水辺の光、街にあふれる緑・植栽をきれいに見せる光、街全体として統一感のある光、といった計画に沿って、シンガポールの市街地の夜の屋外環境はこの数年、ずいぶんモダンで洗練されたものに変化してきた。建物の外観のライトアップも奨励されているが、省エネブームに乗じて、エネルギー消費の少ない発光ダイオード(LED)を光源として建物のライトアップを行うことも一般的になっている。
 一方で、国民の約7割程度は政府が供給する公団住宅に居住するこの国では、公団の集合住宅が密集する郊外には庶民的な光景が広がる。外食率の高いシンガポールでは、住民は気軽にホーカーズといわれる半屋外の屋台の集合体のカジュアルな飲食施設で食事を済ませることが多い。こういった屋外施設では照明も簡便な蛍光灯であることが多く、公団住宅のユニットから漏れてくる光も蛍光灯が結構多い。
 しかし、最近の住宅地の改装や新興の住宅エリアは、いわゆるデザイナーズ公団住宅といったものも増えており、夜には白熱色のあかりが灯り、民間の高級コンドミニアムと見分けがつかないような雰囲気を持ったものも増えてきている。 DIYも浸透してきており、インテリアショップから気の利いたデザインのライティングを自分で選んでデザイン雑誌から抜け出してきたようなユニットに住む若い世代も増えている。

1.涼しげな光でライトアップされるマーライオン公園 2.夜の公営住宅。蛍光灯の光も多い。3.華人が人口の77%を占めるシンガポールで忘れてはならない祝祭が1月26日のチャイニーズニューイヤー。チャイナタウンでは仮設のステージも組まれ、大賑わいの中、旧正月を迎える。 4.中秋節のランタンフェスティバル。チャイナタウンのメインストリートは、行灯と天女や動物などを模ったランタンでライトアップされる。提灯片手にそぞろ歩きが楽しい。5.多宗教国シンガポールのヒンズー教の「光の祭典」ディパバリ。リトルインディア周辺でのライトアップは9月後半から11月まで行われる。

多様な文化が照らしだす光

 そしてなによりもシンガポールらしい夜の光の体験といえば、各民族・宗教の祭事にまつわる賑やかなライトアップの数々があげられる。中秋節・ランタンフェスティバルや旧正月の時期になると毎年趣向を凝らしたライトアップデコレーションがチャイナタウン界隈を彩る。ヒンズーの暦で一番大切な新年を迎えるお祭り、光の祭典ともいわれるディパバリの時期には、普段でもカラフルなリトルインディアはますます色彩豊かになる。イスラム教徒のラマダン節とそれに続く正月ハリラヤのライトアップは、青や緑といった寒色系の色を多用した光が多い。どのお祭りも、期間限定の出店が多く路上に出現するので、夜になると界隈は大勢の人たちで身動きもできないほどににぎわう。民族色溢れるこれらの華やかな光は、四季のないシンガポールの日常に季節感を与え、住民たちは毎年変化するライトアップを楽しみにしている。
 さらに、シンガポールは2008年より、毎年9月下旬に史上初のF1市街地のナイトレースを開催してきており、これもすでに風物詩となっている。高層ビル群の脇を駆け抜けるレーシングカーの轟音が夜の街中に唸りをあげてエコーする様はなかなか壮観だ。
 常夏でしかも都市生活者がほとんどのシンガポールでは、さまざまな光が溢れている夜の屋外は年間を通じて賑やかだ。

シンガポール共和国

人口

約531万人(2012年9月末)

面積

約716㎢(東京23区と同程度)

首都

シンガポール

宗教

仏教、イスラム教、キリスト教、道教、ヒンズー教

時間帯

UTC+8

マレーシアに隣接するシンガポール島と周辺の島嶼を領土とする東南アジアの都市国家シンガポール。北のマレー半島(マレーシア)とはジョホール海峡で隔てられている。サンスクリット語で「ライオンの町」を意味するシンガプラが国名の由来となっている。建国は1965年。イギリス連邦加盟国。国内に多国籍企業のアジア太平洋地域の拠点が置かれることが多く、国際的な金融センター、物流拠点としても知られている。外交方針はASEAN諸国との友好協力関係を基軸とした地域協力への努力。東南アジア地域のハブ空港として、数々の国際賞に輝くシンガポール・チャンギ国際空港は島の東端に位置している。

プロフィール

かさい・れいこ●東京生まれ。桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ専攻卒業。米国ラトガース大学芸術学部音楽学科大学院修士課程修了。ハンガリー、カナダ、スリランカなどに在住の後、帰国して1996年に照明デザインを手がけるLPA入社。「照明探偵団」事務局の責任者としてさまざまな文化イベントの企画運営を担当する。2000年よりシンガポールに出向し、LPA-Sの設立に寄与す。同社の業務と平行して広くアジアの各国を視察調査し、フリーライターとして建築、アート、都市文化を中心とした執筆活動を行う。

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