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暮らしのコツ

パリの「朝のひかり」

カフェや公園で日光を享受

 パリが北国と言ったら「エーッ」と思うでしょうが、パリの緯度は日本の最北の都市、稚内より少し北です。暖流の影響で温暖な気候ですが、特に冬は曇りの日が多く、太陽の恩恵を受ける率がかなり低いです。だから夏休みには健康のためにばっちりバカンスを取って太陽を浴びに南仏に出かけるという習慣が出来たのでしょう。別になまけものではないのです。
 それに加えて、フランスの古い建物はイタリアの影響で窓が小さめ(ナイフやフォークもイタリアから伝わった。多くのフランスのものの起源はイタリアなのです)。太陽が強いイタリアは晴れの日が多く、小さい窓からでも十分に光が入るので、なるべく窓を小さくしたのです。これに対して、フランスは曇りの日が多いので、パリの窓の小さい建物では本当に暗いムードになってしまいます。19世紀末になって、鉄とガラスを使用した建築が開発され、自然光を十分に取り込むアトリエやアーケード商店街が現れました。また、第2次大戦後に出来たいわゆる新建築では一般の住居も窓が広く明るくなっています。
 家の中が暗いのに対して、他のラテン諸国と同じように、カフェは外側が総ガラスで光が一杯に入ってきます。ここがドイツなどの北ヨーロッパと決定的に違うところ。朝、カフェの明るい太陽の自然光でエスプレッソをすすりながら新聞を読むというのがいかにもパリ的です。周囲が開けた広い公園でも、少し暖かい日にはお年寄りや時間のある大学生がベンチやパリの公園独特のメタリックの椅子に座って本を読んでいる姿をよく見かけます。
 時々、パリの風景の写真を撮りに行くのですが、いつも不思議に思っていたのが、夏時間・冬時間に関わらず12時だとまだ朝のように感じること。調べたところ、パリで太陽が南中するのは1月で午後1時半くらい、6月では午後2時近いのだと分かりました。パリの緯度はロンドンとあまり変わらないのに、1時間進んでいます(同じ時差のポーランド、ハンガリーはずっと東にある)。朝は正午までと簡単に言えないのではと思いました。特に冬は太陽が低くて、一日中が朝みたいな感じです。

1.パレ・ロワイヤル公園で朝日を浴びながら読書する若者たち。 2.パッサージュ・ジュフロワ。自然光の恩恵を受けるアーケード商店街。 3.食料品店の前。買い物をする飼い主を待つ犬たち。

パリ的な朝の過ごし方

 フランス人の平日の平均起床時間6:49(休日は8:45)という記録を見つけました。平均睡眠時間は7時間半だそうです*。百年前は9時間睡眠したそうですが。冬は明るくなるのが8時半くらいですから、暗いうちに起きることになります。最近流行ってきたのが、光目覚まし時計。セットした時間になると太陽光と同じような色の光(日光と同じ色温度)がつく。鳥のさえずりのような音が同時に鳴るものもあるそうです。都会にいて、明るい朝日で自然に起きられるというムードが人気のようです。
 フランスでは、12歳までの子供がいる家庭は保育園や小学校に誰かが連れて行くことが義務づけられています。お父さんかお母さんのどちらかが連れて行くのが普通で、それから勤めに行く人はちょっと大変です。迎えもあるのですが、これはベビーシッターに頼むことが多いようです。学校は8時〜8時半、オフィスは9時に始まるのが一般的です。早めに職場に行ってコーヒーを飲む人もいるし、ぎりぎりに着いてすぐ仕事という人もいる。知り合いのフランス人、ヴィールス研究者の女医さんはいつも定刻の1分前に駆け込むのだそうです。大抵の職場には自動販売機があり、流しでコーヒーを自分で作るところも多いようです。
 パリの朝の特徴的なものといえば朝市でしょうか。パリ市の管轄で、決まった場所に、平日と週末に1回ずつ出ます。普通の勤め人はなかなか平日に行けないので、週末が特に混み合います。朝市のスタンドは前日に骨組みを組み立てるのですが、天井を半透明のビニールシートで被うため、多くは自然光を通して見られるようになっています。スーパーの味気ない雰囲気と違い、新鮮な食材を探しているとパリの朝の雰囲気を実感できます。
 フランスには『朝の雨は巡礼者を止めない』という有名なことわざがあります。計画の初めに困難に出会っても強い意志を持った人はくじけないということを表しています。似たものに『朝の雨は巡礼者を喜ばす』ということわざもあって、これは朝の雨は良い一日を約束する、すなわち初めが大変でも頑張ればきっといいことがあるということです。こうした朝日や朝の太陽に関することわざは意外と少なく、フランスでは日本のことを日の出の国と度々表現しますけど、日本人は朝の太陽の恩恵を受けられて、つくづく幸せだと思います。前出の女医さんも仕事場が地下で、自然光が入らなくて不健康だと不満を漏らしていました。

* パリの日刊大衆紙「ル・パリジャン」(2004年3月27日付)に掲載されたシャルル・ド・ソヴール氏執筆の記事「よりよく生きる」
4.幼稚園に子供をベビーカーで送りに来た親たち。 5.キオスクの前を歩く出勤者。 6.日曜日の朝、バスティーユ広場から始まるリシャール・ルノワール大通りの朝市風景。

パリ家庭の朝食

パリの小さなホテルに泊まると朝食はクロワッサン、カフェ・オ・レ、オレンジジュースといった簡単なもので、これがフランス人のクラシックな朝食の定番ということになっています。でも実際の家庭での朝食はというと、クロワッサンは意外に食べられていません。バゲットに比べてクロワッサンは約5分の1の重さなのに、同じくらいの値段(約1ユーロ)なのです。代わりにタルティーヌ(バゲットなどのパンを横に半分に切って、バターやジャム、コンポルトを塗ったもの)を食べる人が多いです。飲み物は大きな椀でカフェまたはカフェ・オ・レを飲みます。最近はティーを飲む人も増えていますが、まだイギリスやアジア諸国ほど一般化していません。

子供はカフェの代わりにショコラを飲みます。ビスコット(甘みのないラスク)をカフェに浸して食べたりもします。なぜ、パリをはじめラテン諸国の朝食は簡単なのか。これは夕食が遅いせいがあるのではないでしょうか。英語のブレークファストは断食を破るということですが、フランス語では昼食のデジュネが断食をやめるという意味。だから朝食のプチデジュネは断食明けの小さな食事みたいな意味でしょう。夕食が遅いと朝食との間の時間が短いので、あまりたくさんは食べられないということなのでしょう。フランスのパンは乳製品とともに本当に美味しいので、タルティーヌを食べればそれで満足ということもあるかもしれません。

DATA
フランス共和国 République française

人口

約6600万人(2014年1月)

面積

約63.3万㎢

首都

パリ

宗教

法律上は無宗教国家。調査方法でかなり変わってくるが、約60%がキリスト教(ほとんどがカトリックでプロテスタントは約2%)、約30%が無宗教、約7%がイスラム教、約1%がユダヤ教

言語

フランス語

時間帯

UTC + 1(サマータイム+2)

フランスの国名はフランク族に由来し、パリは古代ケルト人の一種族パリジイ族がこの地に住んでいたことが語源とされる。パリ市の人口は約224万人(2011年)、面積は約105.40㎢、20の行政区で分けられる。古くから、左岸(セーヌ川の南側)は芸術・学術、右岸(セーヌ川の北側)は経済の中心として繁栄。2014年3月の選挙で社会党のアンヌ・イダルゴ氏が市長に就任した。

プロフィール

さとう・じゅん ● 東京生まれ。パリ在住30年。東京大学教育心理学科卒業。ソニーを経て渡仏。パリ大学で映画学・映像人類学を学び博士号取得。写真家。アサヒカメラにヨーロッパの写真動向を紹介していた。実験的写真アートを追求する一方、かつては好きなジャズミュージシャンの写真を、現在は魅せられたロマネスク美術の写真も撮影している。2014年からフランスの現代アートグループ、レアリテ・ヌーヴェルの写真担当になり、アブストラクト・フォトグラフィーの普及に努める。

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