前回取り上げたように、今は節税に躍起になるよりも「一に納税、二に分割、三四が無くて五に節税」の時代。まずは税金として納めるお金を手元に置いておくことが何より大切です。しかし今なお「手元に資金はないけれど、いざとなれば物納で納税すればいい」と思っている人も多いのではないでしょうか?実は、これは危険な誤解なのです。これまでは地主にとって頼みの綱ともいえた「物納制度」ですが、平成18年度の税制改正以降、納税のために頼りにすることが難しくなっています。物納制度を取り巻く事情について事例を交えながら見てみましょう。
代々続く旧家を引き継いだAさん。父親が亡くなり相続手続きをすることになりました。以前、税理士から「いざとなれば物納すればよい」と言われていたものの、事情はそんな容易なものではありませんでした。Aさんは3人兄弟ですが、2人の弟には主に現金や有価証券類を分け、Aさんが父親からほとんどの土地を引き継ぐことになっています。父親からは「自分が死んだ後は土地を処分して構わない」と言われていましたが…。
父親の財産の大部分は土地ですから、Aさんにかかってくる相続税はかなり高額で、Aさん自身の預貯金を超える納税額になることが分かりました。父が保有していた土地の多くは、自宅の周りを除けば、小作地や貸宅地になっており、すぐに換金することができません。また貸宅地は地境があいまいなため、測量し境を明示して、しっかりとした借地契約にしないと物納はできないことも分かりました。困ったAさんは、納税資金のために土地と現金の配分を見直してもらいたいと弟たちに持ちかけてみたものの、もともと公平な分割ではないと思っている弟たちの協力は得られません。土地が売れない上に物納もできず、遺産分割がまとまらなければ相続税を軽減できる特例も使えないAさん。申告期限も迫ってきており、とても焦っています。
前述の事例では、前もって解決しておくべきだった問題点が数点あげられます。
平成18年度税制改正により、物納が受け付けられない「管理処分不適格財産」及び、他に適当な財産があれば受け付けられない「物納劣後財産」が明確化されました。中でも遺産分割が整わないものは、管理処分不適格財産に該当します。ちなみに最高裁判所の「司法統計年表」を見ても、遺産分割の審判や調停事件数は増えているのが分かります。
もともと貸宅地は物納劣後財産です。他に駐車場のような土地があれば、そちらが優先されます。所有地であっても、隣地との境界が明らかでない土地は管理処分不適格財産とみなされます。物納の申請時には登記事項証明書や測量図等の書類を提出する必要もあるため、これらを早めに準備しておく必要があります。提出期限の延長はできますが、1回につき3カ月以内の延長しか認められておらず、再申請は最長1年を越えない範囲に限定されます。
納付すべき相続税から、申請者の保有する金額(生活費を除く)と、申請者の資力に応じた延納によって納付できる金額を控除した金額を算出します。つまり物納が認められる金額は、本当に払うことも、延納もできない金額に限定されているのです。つまり生活の余裕を残して物納を選択することができないのです。
Aさんが物納申請を取り下げて延納に変更することはできません。ただし、金銭納付困難理由がないということで、Aさんが税務署から物納申請を却下された場合、20日以内に延納申請することが可能です。申請中に売却して納付した場合には延滞税がかかってきます。なお延納許可を受けた後に、延納が困難になった場合には物納に変更できます(特定物納制度)。
このように物納は短い期間で準備できるものではありません。また、税務署は申請後3カ月で物納の許可または却下を判断するため、あわてて取りあえず物納の申請だけしようとしても受け付けてくれません。周到に準備をして、必要書類等をそろえたところで申請するよう求められているのです。不動産についていえば、いつでも売れる状態にして物納しろ、と言われているようなもの。現在、国は物納について、はっきりと間口を絞っているのです。
国税庁の相続税の物納処理状況の統計では、物納申請件数は平成17年1733件、平成18年1036件、平成19年383件と激減していることが分かります。いかに物納がシビアになっているかがよく分かります。
国としては売れる財産、つまり流通価値のある土地を欲しがっているわけですが、それは納税者も同じです。仮に換金できる土地を保有しているのであれば、いっそのこと売却した方が良いでしょう。相続が発生して3年以内であれば、譲渡所得税について相続税を取得費に加算できる特例を使うことができます。また売却することで得た資金は、納税後の資金難のときにはとてもありがたいものとなるでしょう。国税庁の統計年報書では、相続税のかかる財産の約5割が不動産。前もって何らかの対策をとっておくことは相続のマナーといってもいいかもしれません。
貸宅地を物納したい場合も、権利関係の調整に手間取るのであれば、これも相続を迎える前にしっかり整理しておくべきです。底地を買い取ってもらうのか、借地権を買い取るのか、はたまた土地の交換で所有権にするのか、共同で売却することを考えるのか、など様々な手法も時間をかければ検討することができます。納税期限に迫られて交渉事に入るのは不利。交渉相手に足元を見られることになりかねません。
前回にもお伝えしたように、土地をそのまま維持することは、デフレ時代の相続対策にはなりません。土地は「維持すべき土地」「利用すべき土地」「換金すべき土地」の3種類に分けて考えるべきでしょう。そのためにも土地の個性を見極め、利用価値や市場価値を客観的に知ることが求められています。土地を上手に活用し、また収益を上げられる魅力的な土地があれば相続税は怖いものではないのです。