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暮らしのコツ

眠りの本棚 第一話

寝床術

寝床術/鍛治恵

電車で寝るのは日本人の特性? ソファでごろ寝ってどうして気持ちいいの?
人が眠る場所、現代の「寝床」はさまざまです。本書は、心地よい生活のための睡眠環境について、いろいろな角度から考えていきます。 PART1では、アンケート結果を中心にした国際座談会、寝床踏み込み調査、クリエイターと企業のコラボレーションによる眠りの空間の提案を紹介。PART2では、哲学、建築、時間生物学などさまざまな立場の書き手が、寝床について考えます。

編集:睡眠文化研究所 2005年 ポプラ社刊
定価 :1300円+税

目次

PART1

現代睡眠調査 & 国際座談会 世界の中心は私の寝床
寝床踏み込み調査 生活のための上質な眠り
クリエイター & 企業コラボレーション
どこでもスイミン実験室

PART2

眠るときそばにいてほしい、ほしくない現代睡眠哲学/鷲田清一(哲学)
寝室の日本史/平井 聖(建築史)
寝室はロマンである/室伏次郎(建築家)
お暑い寝室、お寒い寝室/梁瀬度子(住居環境学)
世界はどんな夢を見る?/長島義明(写真)
飛び出した寝室 ワンルームマンション/
篠原聡子(建築・住居学)
よく眠り、よく目覚めるための光/
小山恵美(時間生物学)
お前が寝なくて誰が寝る!?/藤原智美(社会)
鍛治恵 かじめぐみ
鍛治恵 かじめぐみ
鍛治恵 かじめぐみ●NPO睡眠文化研究会事務局長・睡眠文化研究家・睡眠改善インストラクター。寝具メーカー、ロフテーの「快眠スタジオ」での睡眠文化の調査研究業務を経て、睡眠文化研究所の設立にともない研究所に異動。睡眠文化調査研究や睡眠文化研究企画立案、調査研究やシンポジウムのコーディネーションを行なう。2009年ロフテーを退社しフリーに。2010年NPO睡眠文化研究会を立ち上げる。立教大学兼任講師。京都大学非常勤講師。立教大学ほかでNPOのメンバーとともに「睡眠文化」について講義を行う。 http://sleepculture.net/

── 「寝床術」は理想の寝床をつくるためのハウツー本だと思っていたら、実際に読んでみると、眠る場所である「寝床」を幅広く捉えていて、その考え方や歴史、調査結果などを紹介する「眠る場所を考えるための本」だったんですね。

鍛治さん そうですね。「これまでで一番心地よかった眠りの思い出を教えてください」という問いかけで集まったコメントを、本の冒頭に「眠りの記憶は、いつもシアワセのそばにある」として紹介しているのですが、すごく共感できる部分もあれば「へぇ~」と感じるところもあると思います。同時に「あなたにとって理想の寝床は?」という質問の答が、すべての各見開きの左端のハミダシに掲載されています。この本には理想の睡眠環境やそれをつくるアドバイスが載っていると期待してページを開く人もいるかもしれないけれど、むしろそうではなくて、いろんなコメントを通して、自分にとっての快適な眠り環境は何かを探すきっかけになればと思っています。

── 編者は睡眠文化研究所となっていますが、最初にこの研究所について簡単に説明していただけませんか。

鍛治さん はい。現在はNPO法人睡眠文化研究会、その前身が睡眠文化研究所で、1999年にロフテー株式会社の社内研究所としてスタートしました。それが現在の睡眠文化研究会の活動に受け継がれています。睡眠というのは生理的で個人的な行為(時間)ですが、人は社会の中でどう眠っているのか、社会との関わりを考えることが、設立当初からの研究の視点の一つでした。旧研究所時代には、一般向けに、睡眠を文化的に考える「睡眠文化フォーラム」というシンポジウムを2000年から開催しており、その第5回目のテーマが「眠りのしつらい~ノマッドの眠り、セダンタリーな眠り」*1でした。これまでの「睡眠環境」は寝具、照明や冷暖房など、寝室のしつらえで語られることが多かったと思うのですが、この時は寝室という括りではなく、これまでの経験の中で、どんな状況、どんな環境での眠りが心地良かったか、その時の身の回りの要素や条件から「眠りのしつらい」を考えるという研究です。

── 例えばどんな……。

鍛治さん 例えば電車の揺れの中でまどろんだ心地良い経験や、自分が好きなネコと一緒に眠る昼寝とか、旅先のホテルや午後の会議室……どういう環境がその人の快眠を生み出したのか。そんなテーマで、研究者を招いた研究会を年3~4回開催して、同時に睡眠文化研究所では、文献調査とアンケートなどで現代の眠りの調査を行なってきました。その成果は「眠りのしつらい~ノマッドの眠り、セダンタリーな眠り」のシンポジウムで一般向けに発表され、「寝床術」はこうした研究と調査、シンポジウムの内容などをまとめた書籍です。ノマッドは遊動の民のことでセダンタリーとは定住性を意味する言葉ですが、実は睡眠は、「寝室」という眠り専用の空間だけで営まれるセダンタリーなことではなくなっている。それならば遊動、定住を問わずに快適な眠りの空間を「しつらい」として考えてみようという試みが、この「睡眠文化フォーラム」のテーマになりました。ただ、「しつらい」というテーマはシンポジウムだけだと伝わりにくいので、同時期に、企業やデザイナーとの協働で、眠りを楽しむテーマのしつらいを来場者が体感できる企画展「どこでもスイミン展」*2をリビングデザインセンターOZONE(東京・西新宿)で開催しました。その展示内容もこの本に盛り込まれています。

鍛治恵

── この本はどんな読者を想定して編集したのでしょうか。

鍛治さん 睡眠文化研究所がそれまでに刊行してきた書籍もそうなんですが、読者はあえて限定しないで、眠りに関心のある幅広い層に向けて編集しました。人には「こうすれば快眠できる」という絶対的な答はないですよね。むしろ、眠りについてのいろいろな考え方、いろいろな方法をたくさん知ってもらうことが「答」なのかもしれません。そういうメッセージを伝えたいと思い編集しました。「こんな眠り方もあるのか」とか「日本では昔はこんなふうにしていたのか」とか、この本を通して気づいてもらい、眠りに気楽に向い合ってもらうことがいちばんだと思いました。

── シンポジウムのパネリストも眠りの専門家というわけではないんですね。

鍛治さん そうなんですよ。この時も、世界の暮らしを撮影してきた写真家、長島義明さん*3、建築家の室伏次郎さん*4、作家の藤原智美さん*5、哲学者の鷲田清一さん*6と、さまざまなジャンルの方々に「眠りのしつらえ」について考えていただきました。「寝床術」にはそうした方々のお話はもちろん、睡眠環境の専門家が執筆された章も加えられています。

── 本の中で紹介されている鷲田先生の話は面白いですよね。

つまり、私たちの睡眠についての語り方というのは、あまりにも個体としての人を前提にしすぎているのではないだろうか。西洋近代化の波に洗われて、日本にも個人主義的な発想が浸透してきたのだと考える方もあるかもしれませんが、実はヨーロッパでもそのようになったことは一度もないのです。睡眠は常に個体としてでなく、複数の人間が共同で行うものとして語られてきた。近世になって突然そういう変化が起きたわけではありません。たとえば絶対王朝の時代には、王の寝室というのは一番大事な会議場であった。りっぱな金色のベッドのまわりに家臣みんなが集まって、一番大切な話をしたわけです。個人主義が一番進んでいるといわれるフランスでも、地方に行きますと一九世紀までは、たいていの家は大家族で、10人ぐらいがひとつのベッドで雑魚寝するというのが通常の寝方であったわけです。 (鷲田清一、「寝床術」p.94より抜粋)

鍛治さん 誰とどこでどんなふうに寝る、という常識や大前提を外して考えることも、快眠の本質を探るには大切なことかもしれませんね。

*1 睡眠文化フォーラム「眠りのしつらい~ノマッドの眠り、セダンタリーな眠り」

2003年3月16日、パークタワーホール(東京・西新宿)にて開催。コーディネーターは武庫川女子大学生活環境学部教授(当時)の高田公理。パネリストは写真家、長島義明(講演「世界の人々と眠りの環境」)、建築家室伏次郎(講演「孤の居場所」)、作家、藤原智美(講演「寝室は住まいの核」)、哲学者の鷲田清一(ショートスピーチ)

*2 「ねむりにめざめる春のイベント/どこでもスイミン展」

主催/リビング・デザインセンター、企画協力/睡眠文化研究所。2003年3月14日~4月8日、リビングデザインセンターOZONE全館で開催。7つの企業と7つのクリエーターチームによるデザイン提案が行われた。和室/小形徹(建築家)×ロフテー、リビング/TRICO DESIGN LOVE!×パイオニアデザイン、入浴空間/早川貴章(プロダクトデザイナー)×INAX、庭/小林崇(ジャパンツリーハウスネットワーク)+鈴木喜一(建築家)×ワイルド・ナビゲーション、仕事場/藤森泰司(家具デザイナー)×コクヨ、車/廣田尚子(プロダクトデザイナー)×マツダ、スリープカプセル・プラス/原田一朗+高橋堅×コトブキ

*3 長島義明

写真家。1942年大阪府生まれ。日本写真専門学校卒業。1966年から海外撮影活動を開始。作品は海外で撮影されたものが多く、対象は人物や自然、日常風景や民族文化など多岐に渡る。1985年に写真集「One World One People」でアメリカ芸術雑誌協会最優秀賞受賞。日本写真家協会会員。文化庁芸術家在外研修員の会会員。写真集、著書に「One World One People」「One World One Child」(アルクインターナショナル)「ヨーロッパの城」(山と渓谷社)「アフガンからの風」(芸術新聞社)など。

*4 室伏次郎

建築家。株式会社スタジオ・アルテック代表、神奈川大学工学部建築学科名誉教授、日本建築家協会副会長。1940年東京杉並生まれ。1963年早稲田大学工学部建築学科卒業、坂倉準三建築研究所を経て、1970年建築研究所アーキビジョン(現在のスタジオ・アルテック)設立。1993年「ダイキンオー・ド・シェル蓼科」にて日本建築学会賞作品部門受賞。著書に「空想の建築」(鹿島出版会)、「埋め込まれた建築」(住まいの図書館出版局)、「いい〈家〉をつくりたい」(光芒舎)など。 http://www.studio-artec.net/

*5 藤原智美

作家。1955年福岡市生まれ。フリーランスのライターとして活躍後、1990年に「王を撃て」で文壇デビュー。1992年「運転士」で第107回芥川賞を受賞。ノンフィクション作家としても活躍。住まいと家族関係を考察した「『家をつくる』ということ」(プレジデント社)がベストセラーに。著書に「なぜ、その子供は腕のない絵を描いたか」(祥伝社)、「ぼくが眠って考えたこと」(エクスナレッジ)、「暴走老人!」(文藝春秋)、「骨の記憶」(集英社)など。 http://www.fujiwara-t.net/

*6 鷲田清一

哲学者。1949年京都府生まれ。京都大学文学部倫理学科卒業。同大学院文学研究科哲学先行博士課程修了。1989年「分散する理性」(勁草書房)、「モードの迷宮」(筑摩書房)によりサントリー文芸賞受賞。2000年「『聴く』ころの力」(TBSブリタニカ)により桑原武夫学芸賞受賞。関西大学文学部教授、第16代大阪大学総長を経て、現在は大阪大学名誉教授、大谷大学教授。近著に「『ぐずぐず』の理由」(角川選書)、「語りきれないこと 危機と傷みの哲学」(角川学芸出版)など。

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