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暮らしのコツ

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── コンビニ化する睡眠としてインターネットカフェや酸素カプセルなど、今日的な場所も採り上げてますね。野宿生活のブルーシートハウスの眠りも登場します。

鍛治さん 日本だけの眠りの装置としてカプセルホテルにも一話が割かれていますが、この本が出版された後、カプセルホテルはどんどん進化していますね。「9hours」や「ファーストキャビン」が話題になってますよね。

── 早朝便に遅れないように羽田空港の「ファーストキャビン」を利用したことありますよ。

鍛治さん 私は京都の「9hours」に宿泊したことがあります。カプセルホテルは目覚ましアラームの音が他の宿泊客も起こしてしまうので、携帯のアラームや目覚まし時計は使用禁止ですよね。「ファーストキャビン」は朝はどうやって起きるんですか?

── スタッフが起こしにきてくれました。

鍛治さん 「9hours」は照明がアラーム代わりなんですよ。夜の照明と朝の照明は光の質が違っていて、すべて自動的に調光コントロールされていました。朝になると白い光がカーッと照射されて目覚めるわけです。たしかパナソニック電工がシステムを考えたはずです。この頃、パナソニックは眠りにずいぶんと力を入れていたのですが、残念ながらこの本で紹介されている、汐留のパナソニックリビングショウルーム東京の「スイミンルーム」は今はもうないですね。
 ただし、「じょうずに仮眠する時代」で登場する睡眠サロンは新しい施設がいろいろ登場しています。東京・神保町には女性限定「おひるねカフェcorne(コロネ)」がオープンしました。

── そういうお昼寝のサロンの開発には特別なノウハウがあるんでしょうか。

鍛治さん 「おひるねカフェcorne」は、睡眠時間を記録するサイト「ねむログ」を主宰している会社の運営でした。藤原さんの本にはマンハッタンのエンパイアステートビルの中にある仮眠施設について少しだけ触れてましたね。

アメリカでは睡眠不足、睡眠障害による経済損失は年間五兆円になるという試算もある。

(「ぼくが眠って考えたこと」P.080より)*4

── この本を読んでいろんな状況でノマド的に寝るのは楽しそうだなと思ったんですが、やっぱり、いつも同じ布団と枕で寝たいと思う人のほうが多いのかな。

鍛治さん 「眠りに行くぞ」と思ってコンサートホールに行くのではなくて、寝てはいけない状況でついつい寝てしまう禁断の眠りの心地よさってあるかもしれないですね。そのせめぎ合いがまたいいような(笑)。

── うーん、寝てはいけない状況で眠くなるのはなぜなんでしょうね。

鍛治さん ふふふふ。

── この本以外にも、眠りのルポルタージュってあるのですか?

鍛治さん 「そうですね。この本だけだと思いますよ。これまでは日本人はどうやって寝てきたのか、住まいや空間の歴史から見てきましたが、私にはこの本がその終着点のように感じています。現在を立脚点として「眠りの今」を捉える藤原さんの着目点は、住まいの専門家とは違う視点ですよね。藤原さんご自身の睡眠も追体験できるのも面白いです。

── そういえば、よく、一つのテーマで変遷されたエッセイのアンソロジーってありますが「眠り」がテーマのエッセイ集もありますか?

鍛治さん そうそう、このライブラリーには「夜」と「夢」をテーマにしたアンソロジーはありますが、私が知る限り「眠り」は見たことないんですよね。出ているのかな~。あってもいいですよね。

── 藤原さんの本のように「眠る場所」だけを切り口にしたエッセイ集も面白そうですけどね。それよりも、当時からさらに進化した現代の眠りの場を紹介する「ぼくが眠って考えたこと」の続編的な本も読んでみたいです。

鍛治さん この本は2005年刊行でもう10年近く経ってますから、カプセルホテルだけじゃなくて、きっといろいろ変わってますよ。藤原さんはキャンピングカーで眠る話も書かれていますが、震災後は別の深刻な理由で車中泊を強いられた方も多かったと思います。そういうご苦労を含めて2010年代の眠りの場や眠りの機会、想いを訪ねる本があってもいいですね。

── 旅行ガイドとして、キャンプ場ガイドじゃなく車中泊コースガイドが出版されたのもここ数年のことですし、世界の寝やすい空港のランキングを紹介する「Sleeping in Airports」のランキングも話題になりますね。ホテルでもキャンプでもない、旅先での眠りも変わっていると思います。

鍛治さん 藤原さんの本で採り上げられている航空機のファーストクラスだって10年前と比べると進化してますよ。豪華な寝台列車も話題になりました。あとは藤原さんは睡眠時無呼吸症候群を心配して睡眠クリニックの宿泊検査でも寝ていますが、本で紹介されている病院はその後どんどん大きくなっています。加えてオムロンやタニタのようなメーカーから、住宅で自分の眠りを見える化してくれる商品も出ています。この数年でやっと自分の眠りを客観視できるようになったんですよ。

── あと、女の子が添い寝してくれる添い寝専門店みたいなグレーゾーンの施設もたぶん当時はなかったですよね。*5

鍛治さん 秋葉原にオープンして話題になりましたが、今はどうなっているんでしょうね。ほとんどブラックな店舗は一斉摘発されたという噂は聞きましたが。そういえば山崎紗也夏さんのマンガ「シマシマ」(講談社モーニングKC)は、離婚後、不眠になった女性主人公が、添い寝で癒された経験から男性が添い寝してくれるビジネスを立ち上げる話でしたね。深夜枠でテレビドラマにもなりました。睡眠環境の究極のあり方としては、ハードを完璧に整備しても眠れない人には、最後はヒューマンタッチな部分も求められるのかもしれないですね。

シマシマ1/山崎紗也夏

── もしそういう世界が本当にあるのなら、そのルポも読んでみたいです。かつては住まいでも家族の集団睡眠のスタイルが当たり前でしたよね。そういう眠りを懐かしむ人には、飲み会を企画するみたいに睡眠会みたいなのを開いて、人が集まって寝るようなイベントも生まれるかもしれないですね。

鍛治さん その人の睡眠文化はその人の睡眠体験でつくられるので、兄弟が多いにぎやかな住まいだと、人の話し声やいびきや寝息のような音に包まれることが入眠のための安心材料になっている人もいると思います。逆に子どもの頃から自分の寝室で一人で眠り、そういう経験がないと、そうした音は雑音になって眠れなくなるでしょうね。

── うーん、まだまだ取材できる眠りの場所はありますね~。ほかにも留置場での眠りとか、企業の仮眠室とか。

鍛治さん 「寝室の文化史」(パスカル・ディビ著、松浪未知世訳、1990年、青土社刊)には刑務所の睡眠環境も採り上げられていました。あと、辺見庸さんの芥川賞受賞作「自動起床装置」(新風社文庫)は通信社の仮眠室が舞台でしたね。私は夜中も待機していなければならない消防や緊急医療の現場の眠りがどうなっているのかも知りたいです。すぐに起きることができて、すぐに仕事に就ける眠りがどのようなものなのか……。

「寝室の文化史」(パスカル・ディビ著、松浪未知世訳、1990年、青土社刊)/「自動起床装置」(辺見庸著、2005年、新風社文庫)

── 新しい書籍の企画会議みたいになっちゃいましたね。

フォトグラファー (撮影を終えて)あの~、ちょっといいですか。渋谷にある「渋家」ってスゴいらしいですよ。家を365日24時間開放状態で30人以上が一軒家で生活してるんですが、寝室も仕切りがなくて大部屋で雑魚寝だそうです。

── うわ、それはホントにスゴいですね。もちろんそこは眠るだけの場ではないと思いますけど、少なくとも寝室に関しては架空の添い寝ビジネスの世界を超えてますね。

フォトグラファー でも最近は電車の中で周囲との距離感に頓着せずに、すごい密接空間なのに互いの侵害関係を気にしないで携帯だけを見てる人っていますよね。

鍛治さん 自分の世界が携帯を中心に完結していて、周囲はシャットアウトできて物理的な距離感は関係なくなるんでしょうか。

フォトグラファー ええ、雑魚寝もそういう流れなのかなと思いました。普通の人が気にする近接対人距離が気にならない世代も出てきたのかもしれない。

── あー、ますます「ぼくが眠って考えたこと」改訂版が読みたいです。

鍛治さん それも私たちが「ぼくが眠って考えたこと」の読後にいろいろ興味を持ったからで、未読の方にはぜひ読んでほしい一冊ですね。

 人々が場所や空間にたいして感じる「愛着」あるいは「安心」といった感覚は失われつつある。その最大の原因はケータイ、インターネットといった電子ネットワークにある。これが場所や空間の価値を大きく低下させている。住まいの個室もかつてのように閉じられた空間ではなく、ネットワークを通して、いつでも、どこでも、だれとでも「つながる」ことができるようになった。
 外部とのコミュニケーションにおいては、住まいの壁はもはやなくなった。壁はむしろ住まいの内部にだけ存在する。家族を隔てる壁は強固に存在するが、外壁は解体している。
(「ぼくが眠って考えたこと」空間の考察、P.179より)

*1藤原 智美(ふじわら・ともみ)

小説家、エッセイスト。1955年福岡市生まれ。明治大学政治経済学部政治学科卒業。1990年に「王を撃て」で小説家としてデビュー。1992年に「運転士」(講談社刊)で第107回芥川賞受賞。その後、小説創作のかたわらドキュメンタリー作品も手がける。住まいと家族関係を考察した「『家をつくる』ということ」(プレジデント社刊、1997年)がベストセラーに。その続編「家族を『する』家」(プレジデント社刊、2000年)はロングセラー。近著に「暴走老人!」(文藝春秋刊、2007年)、「検索バカ」(朝日新書、2008年)、「骨の記憶」(集英社刊、2011年)。
http://tm-fujiwara.cocolog-nifty.com/

*2 眠りの本棚 第七話第八話
『間取り』で楽しむ住宅読本

*3 2003年3月16日、「睡眠文化フォーラム 眠りのしつらい~ノマッドの眠り、セダンタリーな眠り~」

*4 日本では日本大学医学部の内山真教授(精神神経医学)が、不眠症や睡眠不足によって国内で生じる経済損失は
年間3兆4693億円余に上るという試算を2006年に発表しています。

*5 添い寝ビジネスはニューヨーク生まれ?
The SNUGGERYのウェブサイトとCNNで紹介されたThe SNUGGERYのニュースビデオ
〈A Penfield, New York, woman has started a cuddle for hire business. She charges $60 an hour to snuggle.〉

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