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暮らしのコツ

── 先生の研究室にも飾られますが、これはどんな時に冠るのでしょうか。

豊田さん 冠るというより魔除けの意味で飾っておくものですね。祖先の姿だと考える地域もあります。基本的には精霊の顔や姿だと言われています。

── よく見るといろんな要素が彫り込まれているんですね。

豊田さん そうですね。好き嫌いもあると思いますよ。わが家も持ち込み禁止です。

── えええええええっ。

豊田さん 気持ちが悪いのでやめてほしいと言われますね。

── ……。

鍛治さん ま、まあ、わからないこともないですが……。

豊田さん これもお土産品として売られていたものです。新しくつくる仮面はほとんどが販売目的でしょうね。値段の付け方は私たちの感覚とは違うので、よくわからないところもありますけどね。私はパプアニューギニアに調査に行く時は、スーツケースに洋服を詰め込んで行きますが、向こうで着たものや使ったものは、家に持ち込まないでほしいと言われていますから、全部現地に置いてきて、その代わりにちょうどこのお面が二つはいりました。

── えええええええ……。

豊田さん まあ、家庭の事情ですね。だから洋服も靴も全部あげてきちゃうんですよ。そうするとスーツケースが空になりますからね。スーツケース自体を置いてきたこともありますけど。服をプレゼントすると喜んでくれますよ。

鍛治さん 夢の話からは離れてしまいますが、ニューギニアでは頭蓋骨を枕にして眠る地域もあるんですよね。

豊田さん 今でも知られているのは、パプアニューギニアではなくインドネシア領のニューギニアのほうでしょうか。かつては首狩りをやっていたので、敵の頭蓋骨を飾る風習があったようです。それを枕に使っている写真も確かにありますね。

鍛治さん 熱帯ですから虫も多いと思うんですが、調査の時は蚊帳を持参するんですか?

豊田さん 現地ではもともとは床下から煙で燻して虫除けする方法がありますね。今は中国製の手頃な蚊帳があるのでそれを使っています。現地の人も蚊帳を使うようになってますよ。

── 実際に研究対象である現地の方々と同じ環境で暮らすわけですね。

豊田さん 私たちは原則として同じ環境で生活しますね。暮らす場所は個別の交渉になりますが、使っていない家を借りたり、建築中の建物を借りて住んだこともありますよ。いっぽうで、自分の環境を整えるためにモノを持ち込む人も多いです。アメリカの文化人類学者は自分たちが暮らしやすい環境を整えて、そこから調査する例が多いですね。彼らは家を建てて、発電機を持参して、ボートも調達して……。拠点を構えて調査しやすい環境で研究するというのもひとつの考え方だと思いますよ。私は日本の研究者の中でも荷物は少ないほうで、わりと現地に合わせて暮らしますね。

── いろいろなんですね。いつもは何人くらいで調査に行くんですか?

豊田さん 出国する時はグループですが、最終的に村に入る時はひとりです。入国して地方都市までは一緒でそこから先はバラバラですね。最近は予定が合わないことが多くて、個別で行くことが多いですよ。最初の頃は状況がまだわかっていない人もいますから、現地に慣れてもらうために一緒に行くこともありますが。

── どれくらいのペースでどのくらいの期間を……。

豊田さん 年に1回です。最近はなかなか時間をとれないので長期の滞在は難しくなってきましたね。自分の感覚では3週間は必要なんですが。パプアニューギニアまで行って、そこから地方都市まで乗り継いで、そこから陸路、私の場合は湿地なのでカヌーで向かうんですよ。カヌーで一日です。自分が調査する村まで往復1週間かかりますから。

── 調査地に到着すると「帰ってきた~」って気分になったりするんでしょうか。

豊田さん 日本では時間に追われる生活ですからね。向こうに行くと落ち着くというか、まあ、もちろん仕事はしますが、日本からは開放された気分にはなりますね。日本にいてニューギニアに行きたいなとは思いますが、向こうにいて日本に帰りたいという気持ちにはならないという人は多いみたいですよ。しかたなく帰国する感じです。私の知っている文化人類学者はパプアニューギニアに行くと健康になるって言ってますよ。

豊田さん 規則正しい生活になりますからね。

── 夏休みのキャンプに参加した子どもたちは、規則正しい生活でとても元気になるんだけど、キャンプが終わって帰ってくるとまた戻っちゃうらしいです。

豊田さん それに近いかもしれないですね。私もここ数年、健康に気をつかうようになって、適度な運動をしてぐっすり眠ることができるようにして、目覚まし時計に頼らずに起きるようにしています。土日も平日と変わらない生活を送ることが健康には良いのだと思います。パプアニューギニアは熱帯ですが、夜はそんなに暑くなくて、東京の夏のほうがずっと寝苦しいんですよ。「熱帯夜」という言葉がありますが、熱帯の夜はもっと過ごしやすい。人によっては熱帯に失礼だと言ってます(笑)

── 文化人類学のフィールドワークには向き不向きってあるんでしょうか。

豊田さん まあ、よく現地で何でも食べられる人、とか言いますけど、現地の人とまったく同じ生活をすれば、心を開いて話をしてくれるかと言えば、そんなに単純ではないと思うんですよ。確かに受け入れられやすい性格はあるかもしれませんが、まず問題意識を深く持つことがいちばんですね。私の調査地は、相手との駆け引きが多いので、そこでけっこう疲弊します。それがうまくいかなくて信頼関係を築けずに追い出された研究者もいますからね。

鍛治さん けっこうしんどそうですね。

豊田さん でも、決めてからはずっとそこで調査していますからね。

鍛治さん ところでパプアニューギニアの人たちは目覚まし時計は持ってますか?

豊田さん 持ってないです。

鍛治さん でもちゃんと朝起きるんですよね。

豊田さん ええ。サーカディアンリズムが乱れていないのでしょう。アフリカで調査している研究者は、研究先の村で時計を持っているのは彼女だけなんだけど、でも、村の人たちは毎日一定時間に起きていて、その時間は数分しか違わないそうですよ。リズムができているんでしょうね。

鍛治さん でも、一日24時間という認識は持っているんですよね。

豊田さん 「今、何時かな?」というのはヨーロッパの時間の概念が入ってからの感覚なので、普通は朝、昼、夜くらいの認識でしょうか。一日の時間を細かく区分するような言葉もないですし。

── 今でも都市部と村では違いは大きいのでしょうか。

豊田さん 都市部はかなり発展しています。天然ガスの産地で日本への輸出も始まりましたよね。地下資源が豊富な国で、国家としては潤っています。ただあくまで都市部だけで地方はあまり変わらないかもしれないです。ホテルも高くなりましたよ。首都ポートモレスビーの宿泊費は今や高級ホテル並みですよ。

── 夢の対談の続きは次回をお楽しみに。

*サー・ジェームズ・ジョージ・フレイザー(Sir James George Frazer、1854~1941年)

社会人類学者。スコットランドのグラスゴー出身。原始宗教や儀礼・神話・習慣などを比較研究した『金枝篇』(The Golden Bough, 1890~1936年)の著者。

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