法人化の代表的なパターン
法人化にはいくつかの設立方法がありますが、代表的な2つのパターンを紹介します。
(1)不動産所有会社をつくる
「建物の所有者を会社とする」パターンです。個人所有の建物を会社に売却するか、初めから会社名義で建物を建てるかのどちらかになります。計画地が個人所有の場合、土地は高額なので個人所有のままで、建物を会社所有とすることもできます。賃料等の収入は100%会社の収入になります。
(2)不動産管理会社をつくる
これは、一括借上げのできるサブリース会社のイメージです。会社の収入はサブリース料がメインとなりますので、収入は(1)の不動産所有会社より低く、効果は限定的です。管理だけを行う管理会社もありますが、さらに収入が少なくなります。
法人化によるメリットは、(1)のパターンが個人との差が大きいので、本編は(1)のパターンを中心に解説します。
法人化のメリット 1-所得税の節税が図れる
■個人と法人の税率比較
法人化に節税メリットがある理由の一つが、個人と法人の税率の違いです。
まず、個人から見ていきましょう。所得に関する個人の主な税金は、所得税と住民税です。所得税は課税所得が増えると税率も高くなる累進課税、住民税は一律10%(所得割)です。所得税と住民税を合わせた最低税率は15%ですが、最高税率は55%にもなります。
■個人の税負担(所得税+住民税)と手取割合
(2015年~)
※復興特別所得税(=所得税×2.1%)、住民税均等割等は考慮せず。
一方、法人の場合は、いわゆる実効税率となります。実効税率とは、主に法人税、法人住民税、法人事業税からなる実質的な所得税負担率のことです。
2015年の税制改正では、法人実効税率の引き下げが話題になりましたが、マスコミで報道されている実効税率は資本金1億円超の大企業の話で、資本金が1億円以下の中小法人の場合は、所得区分により、さらに、実効税率が引き下げられました。
図のように、課税所得が800万円を超える部分は2016年4月から33.80%になります。また、2018年4月から33.59%に引き下げられる予定です。
単純比較しても、例えば課税所得が800万円の場合、個人なら33%、法人の場合は23.2%です。
■法人の税負担(実効税率)と手取割合
(2016年4月~)
■所得の分散による節税効果
法人化した場合は、家族を社員にして給与を支払うスタイルが一般的です。所得税は累進課税ですので、分散することで税率が抑えられるのです。これを所得の分散効果と言います。
さらに給与には給与額に応じた「給与所得控除」があり、それも節税効果を高める要因となります。
例えば、1人で給与所得1,500万円の場合と、それを3人で給与所得500万円ずつに分散した場合の税金をシミュレーションしてみます。
- (1)1人で給与所得1,500万円の場合:
税額 370万円
- (2)3人で給与所得500万円ずつの場合:
税額 53万円×3人=159万円
※税額は所得税・住民税の概算
※所得控除は基礎控除のみで計算
(1)と(2)を比較すると、総額で211万円の節税効果があります。
会社にはできるだけ利益を残さず、複数の家族に給与を支払うと、より大きな節税効果が望めます(家族の扶養については別途確認が必要ですので、ご注意ください)。
■必要経費の違いと赤字の繰り越し
節税メリットのもう一つが必要経費の違いです。法人のほうが必要経費の範囲が広いことがメリットの一つです。
個人の場合は、賃貸住宅に直接関わるものに限られます。法人の場合は、それに加えて、不動産の取得費用(個人の場合は建物取得価額に含めて減価償却)、事業拡大のための視察旅行費、出張の日当、役員の生命保険料などが必要経費として認められています。さらに、退職金を支給することができ、退職金は税率が低いので、これも節税になります。
経営初年度などは経費がかさみ、手取りはあるのに帳簿上赤字になることもあります。その場合、青色申告を選択していれば、個人の場合3年間繰り越すことができますが、法人は9年間繰り越すことができます。
法人化のメリット2 相続税の節税や承継がスムーズ
■財産を次世代に移転できる
個人事業では、収入が増えると財産が増え、結果的に相続税の増加につながります。
しかし、法人化して親族に給与を支払えば、結果的に生前贈与と同じ効果を生むことになります。
■相続時の手続きの負担軽減
アパートを相続する場合、その手続きはかなり煩雑になります。まず、各戸の入居者一人一人と賃貸借契約の変更をしなければなりません(ただし、一括借上げの場合、管理会社との契約の手続きだけで済みます)。
そして、相続の手続きが完了するまで銀行口座が凍結されてしまい、相続発生後の家賃の振り込みができないなどの事態が生じることがあります。それに対応するには、相続人の共同名義の口座をつくり、そこに振り込んでもらうなど、事務処理が必要になってきます。
法人の場合、賃貸借契約は法人との契約になっていますから、変更は不要です。家賃は会社名義の口座に振り込まれるので、凍結されることはありません。
■遺産分割しやすい
個人所有のアパートを複数の相続人に相続する場合、誰がそのアパートを相続するか、遺産分割でもめてしまうことがあります。共有資産として相続することもできるのですが、将来の運用を考えると、共有はトラブルになりがちなのでよくありません。
法人化すれば、相続資産は株式になりますが、法人設立時に株主を相続人にしておけば、相続の時の手続きも必要ありません。
法人化のデメリット
■設立費、維持費で経費倒れになってしまう
株式会社の設立時には、定款作成費用や登録免許税などの設立費用、また維持費がかかります。
【設立費用概算】(株式会社)
【維持費】
- 法人住民税均等割:7万円
※法人住民税均等割は、赤字でも毎期最低7万円の納税が必要です。
- 税理士報酬:顧問料年間50万円~
※月額の顧問報酬、決算報酬を合わせて。売上高や仕訳の数などによって費用の増減があります。
- 社会保険料
健康保険料(東京都):標準報酬月×9.97%(40歳以上65歳未満は11.55%)
厚生年金保険料(一般):標準報酬月×17.828%
このように法人の設立、維持には費用が少なからずかかります。節税効果が維持費等を上回るようでなければ、経費倒れになってしまいます。
■相続税対策にならない場合もある
例えば、建設費のローンがある場合、個人はそのローンがマイナス資産になりますので、相続資産の圧縮につながります。
法人の場合は、ローンがあってもマイナス評価とはならず、株式評価(マイナスの場合は0円)になりますので、対策効果に大きな差が生じます。
■税務調査が入る割合が高くなる
デメリットではありませんが、法人のほうが税務調査の入る割合が高まります。調査割合は個人が0.3%なのに対して、法人は3.3%です。
節税メリットのある経営規模とは?
法人化したほうが節税メリットはあるのか、現状のままで十分なのか、その見極めは一言では言い切れません。どの程度の経営規模(課税所得)があり、どの程度の所得分散をするかで、効果が変わってきます。
個人の課税所得を会社に移転し、さらに親族に給与を払った場合のシミュレーションをしてみます。
例えば個人の課税所得が800万円の場合、法人を設立し2人に給与500万円と300万円を支給すると117万円の節税効果があると言います。
また、課税所得が500万円の場合、分散せずに1人に給与500万円を支給すると、48万円の節税効果です。給与所得控除と所得税の低い税率が適用されるからです。
(※あくまでも概算ですので、詳細は専門家にご相談ください)
48万円でも節税効果があれば“良し”とするのか、100万円の節税効果がないと意味がないとするのかは、その他の資産状況などによると思いますが、100万円程度の節税効果がないとメリットは少ないでしょう。法人設立費用や税理士報酬、法人住民税均等割などの維持費がかかるからです。
そうなると課税所得で800万円あたりが分岐点と言えそうです。2棟目、3棟目とアパート経営の規模を拡大するタイミングで考えて見てはいかがでしょうか。
法人化にあたって気をつけること
■株主、役員は誰にするのか?
会社を設立する際には、株主と役員を決めなければなりません。その際には、以下の2点に注意してください。
(1)株主は不動産の所有者としないこと
株主は出資者になります。オーナーが株主になってしまうと、将来、その株式の相続が発生してしまいます。株主は、いずれ後継者となる息子などが出資をして株主になるのがベストです。
(2)未成年者、学生へ給与(役員報酬)を支給すると否認される可能性がある
分散効果を高めるためには、多くの親族を役員にして給与を支給する必要があります。しかし、いくら分散効果を高めるためとはいえ、未成年や学生など労務実態のない親族に給与を支給すると否認される可能性がありますので、注意してください。
■借入金がある場合は?
既存のアパートを、会社を設立して会社所有にするには、会社が中古のアパートをオーナーから買い取ることになります。この時に、まだ借入金が残っている場合は、会社で新規の融資を受けたり、売ったお金で個人のローンを返済したりなど、金融機関とよく相談することが必要です。